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元山岳部部長の登山講座

冬山の滑落事故・止まらないアイスバーン

冬山の滑落事故・止まらないアイスバーン

厳冬期もピークは過ぎ、これから段々と雪も緩んで来る季節となりました。

とは言っても山はまだまだ手ごわい冬山です。標高の高い場所や、南斜面は雪面がクラストやアイスバーンを形成するので、注意して通過しなければなりません。

今季も全国で冬山での滑落事故が複数起きています。

今回は筆者が体験した冬山での滑落事故について解説していきます。




登山訓練中、まさかの事故

滑落現場の地形図

平成19年3月上旬、南日高山系に入るための最終調整と訓練のため、フル装備(全荷)で樽前山(1041m)に向かいました。

樽前山は最終除雪地点から尾根取り付きまでの林道アプローチが2時間程度で冬山の訓練、体力維持にはちょうど良い山です。

樽前山は比較的平坦な地形が多いため、視界が悪いと道迷いを起こすこともありますが、冬山にチャレンジしたい登山者にとっては手ごろな山です。

林道は山スキーにシールをつけて1時間半、尾根取り付き付近にスキーをデポし、アイゼンに履きかえました。

尾根は南斜面なので、日中の日差しで雪面が僅かに溶けては凍ることを繰り返します。

いわゆるサンクラストからアイスバーン状態になっていたので、取り付きからアイゼンが必要でした。

氷化した斜面(H30.3月 樽前山)

本番は2泊3日の山行を予定していたので、本番同様のパッキングを行い、ザックの重量は約30kgでした。

登り出しからアイゼンがよく効き、尾根を直登しながら順調に外輪山に出ました。

氷化した雪面。表面が光っている(H30.3月 樽前山)

ザックが軽く感じました。

体力には余裕があり、順調な仕上がりだという証拠です。

これで本番を迎えられると確信し、樽前山の外輪にある樽前山神社の奥宮という祠に安全登山を祈願し、下山を始めました。

もと来た南斜面を下り始めてすぐに、斜度が約40°ほどの一番急な場所にさしかかった時、気が緩んでいた私は斜面でバランスを崩し、尻もちをついてしまいました。

すぐに持っていたピッケルで滑落停止動作に入ろうとしましたが、仰向けに倒れた体はザックの重みで頭が谷を向き、そのまま滑り出しました。

大きいザックを背負っていると、ひっくり返った亀と同じで、何もできません。

体をうつ伏せに戻そうとしましたが、ザックの重みでなかなか戻りません。

やっと体を回転させうつ伏せになると、滑落していく行く前方に立ち木が見えます。当たったらひとたまりもありません。

ピッケルのピックを雪面に刺すと、頭は山側を向きます。急いで、ピックを刺すとセオリーどおり頭は山側に戻りました。

今度は渾身の力を込めて、ピックを胸の前の雪面に突き刺して停止しようとしました。

しかし、その時にはもう何をしても止められないスピードになっていました。

滑落停止訓練では、いつも空身か軽いサブザックを背負った状態だったから簡単に止まれました。

しかし、全荷を背負っての滑落停止訓練は一度もやったことがありませんでした。

しかも、滑落したのはアイスバーンです。

ピックは突き刺したままでしたが、うつ伏せの滑落停止姿勢のまま、落下スピードはどんどん速くなりました。

障害物にぶつからなければ、助かるかもしれない。

落ちながら運を天に任せるしかなく、祈りながら落ちて行きました。

その時、不運が襲いました。

下図のように、膝を曲げた状態で滑り落ちていたのですが、一瞬、膝が緩んだ時、右足のアイゼンの出歯が2回ほど雪面に当たりました。

その瞬間、右足首に激痛が走りました。

自力での下山が無理と思われるほどの痛みを感じましたが、足首に何が起きたのか理解できません。

そのまま猛スピードで滑落し続け、気がついたらスピードが緩み止まっていました。

尾根取り付きまで落ちたようでした。

滑落は10秒間くらいでしたが、あとで地形図で確認したら落差は130mもありました。

とりあえず命は助かった。

しかし、ほっとしたのも束の間で、立ち上がろうとした時に、足首に激痛が走り、崩れ落ちました。

仕方なくザックを下ろし、ザックを引きずりながら、四つん這いでスキーデポ地点まで雪上を這いました。

雪の上を這うのは思った以上に体力を消耗し、日没までに下山出来そうにないことがわかりました。

ザックをデポし、携帯で自宅に電話をすると救助を要請したほうがいいという。

私はストックがあれば、ゆっくりでもなんとか歩けると思い、解熱鎮痛剤(バファリン)を何度も何度も飲みながら、激痛をこらえて片足でゆっくりと下山しました。

帰宅し、登山靴を脱ごうとしても容易に靴が脱げないほど足首が腫れ上がっていました。

すぐに病院に行きましたが、診断の結果、くるぶしが折れ、アキレス腱が完全断裂していました。

腫れ上がった足首(手術前)

手術後は装具を着けての長期療養生活。滑落の代償は大きい。

どうやら猛スピードで滑落中に、アイゼンの出歯がアイスバーンに当たった時、足首が曲がってはいけない角度に曲がってしまい、アキレス腱が瞬時に切れ、同時にくるぶしが折れたようでした。

滑落中のスピードは体感で時速40km/hか、それ以上だったのではないかと思います。

履いていたプラスチックブーツや、セミワンタッチアイゼンに破損はなく、まったく無傷でした。

足は壊れても道具は壊れない。登山装備は本当に丈夫なものです。

事故当時実際に履いていた登山靴とアイゼン。破損はない。

 

滑落停止動作は雪質の状況に左右される

一般的な滑落停止動作

この図は一般的によく知られている滑落停止動作です。

滑落停止動作には数種類あり、雪質が柔らかい時などはピッケルを使わなくても、両足を開いたり、靴のサイドエッジを効かせるだけでブレーキをかけられることもあります。

しかし、どのような方法でもスピードが乗ってしまう前に止まらなければ、何をしても止まりません。(滑落停止動作について詳しくは「冬山の滑落停止法とは?~素早く止めるのがミソ」を読んでみて下さい。)

今回紹介した事故は、アイスバーンで滑落し、スピートが乗ってしまった時の失敗例ですが、滑落したら、どんな方法でも良いので、加速を止めることを直後に考えなければ取り返しのつかないことになります。

アイスバーンでは、絶対に転んではいけないという大前提はありますが、訓練も十分に積まなくてはいけません。

滑落停止訓練は安全を十分確保したうえで行い、色々な雪質、空身や全装備状態、姿勢を変える(頭が谷向きの場合など)、様々な条件で訓練しておくことが重要です。






プロフィール

フリーランサー。元船員(航海士)
学生時代に山岳部チーフリーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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