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元山岳部部長の登山講座

夏山の歩き方~安全で疲れにくい歩行技術

登山と歩行技術

1日の登山の歩行時間は短くても2~3時間、長いと10時間を超えます。

人の歩き方には癖があったりします。

意識しなくてもバランスの取れた疲れない歩き方ができる人もいれば、そうじゃない人もいます。

歩き方に無駄な動きが多くても、街中を歩く分にはそれが死活問題につながることはありません。

しかし、登山においては1日に標高差が数百m、時には1000m以上を何時間もかけて登ったり下ったりしますので、ちょっとした無駄な動きやバランスの悪さが、知らずに蓄積していき、何万歩も歩いているうちに徐々に体力が奪われていきます。

歩行時間が長ければ長いほど、バランスのいい人とそうでない人の差は目に見えて表れてきます。

今回は、登山における基本的な歩き方について説明していきます。




登りについて

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重心のかけ方と歩幅について、図1のとおり体の重心は重力に対して常に真下になるように心がけます。

重心のかけ方

登りで後傾になる人はあまりいないと思いますが、極端な前傾姿勢は疲れてきます。

そして登山靴は図のように斜面に対してフラットになるように置き、足の裏全体に体重がかかるような気持ちで一歩一歩踏みしめるように歩きます。

こうすることで、疲れづらく、また地面との摩擦が最大となるため滑りづらくなります。

(滑ったり、バランスを崩すと体力が消耗します)

足の裏全体に体重をかけるコツとしては、踏み出した足のかかとに体重を乗せるつもりで歩くと、ちょうど足の裏全体に体重がかかると思います。

つま先の方向は、基本的に斜面に対して真っすぐにします。

かなり斜度のきつい道を直登するときは、足首の曲がりが限界にきますので、足を若干、逆ハの字に開いて登ったり、登山道の幅に余裕があれば、道幅の中でゆるく蛇行しながらジグザグにトレースすることもあります。

初心者で体力と脚力のある人などは、つま先付近に体重をかけて前傾姿勢で登ろうとする傾向があります。

これではふくらはぎや太腿が疲れ、長持ちしません。

つま先付近に体重をかけるということは、地面にかかる圧力がつま先付近だけに集中するため、滑りやすくなります。

左右に体が振れる歩き方も良くありません。

体が左右に振れる分、無駄な筋力を使うことになります。

歩幅

歩幅については、幅が狭いほど体力の消耗は少なく、大股で歩くほど体力の消耗は大きくなります。

一般的に図1のように、だいだい靴の長さ分(1足長分)の歩幅が疲れにくいと言われていますが、登山道の斜度にもよります。

緩斜面では歩幅は1足長より広くなりますし、逆に急斜面では歩幅は1足長より狭くなることもあります。

また、登山道には様々な段差がありますが、一歩の段差が大きいほど疲労しますので、基本的に二歩や三歩で登れるような段差を無理に一歩で登らないようにします。

例えば、登山道を登ってて、正面に膝くらいの高さの岩があったとして、その岩をよいしょと一歩で登ってもかまいませんが、二歩で岩の横道を通れるような時はそのほうが一般的には疲れないでしょう。

一方で、登山道の状況、通過のしやすさによっては一歩で行った方が良い場合もあると思います。

ただ登るのではなく、常に歩きやすい、疲れにくい足場、コース取りを考えながら登る癖をつけるようにします。

歩くペース

歩くペースは斜度によって速くなったり遅くなったりするものですが、問題は呼吸と心臓のリズムをおおむね一定に保つようにして、息が上がってバテてしまわないように呼吸することです。

ちょっと心臓が苦しいけど、苦し過ぎず、休憩せずに1時間以上歩けるかな?くらいがちょうど良いと思います。

(苦しくても若干の会話ができる程度が好ましいと思います。)

筋肉疲労や心臓の苦しさはどうしても蓄積してきますが、歩きながらでもなるべく筋肉疲労や心拍数を回復させるような気持ちで歩きます。

焦ってガンガン歩くと、すぐに苦しくなっては休憩を繰り返すことになります。

これでは1日の行程で見ると疲労が大きくなりますし、特に標高差の大きい長大コースでは長持ちません。

登りのまとめ

登りについて一言でまとめると、

姿勢を正して、筋肉が疲れない程度の歩幅でゆっくりと足裏全体で一歩一歩、地面を踏みしめるように、呼吸を整え、リズムよく、疲労が極端に蓄積しないようなペースで歩きます。

つまり、燃費の良い歩き方を目指すということになります。



下りについて

図1のように、重心のかけ方は登りと同じく体の重心は重力に対して常に真下になるように心がけます。

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そして、登りと違い、膝にやや弾力を持たせます。

急な斜面や滑りやすい斜面では腰がひけて、後傾になりがちですが、後傾になるとかえって滑りやすくなります。

恐がらずに体を真っすぐに立て、上半身は僅かに前傾すると重心のバランスがちょうど良くなります。

下りでは重心のバランスを維持するため、斜面が急になるほど前傾姿勢になり、膝も柔軟に使わなければなりません。

登山靴は、登りと同じく斜面に対してフラットになるように置き、足の裏全体に体重がかかるような気持ちで歩きます。

足の裏全体に体重をかけるコツとしては、踏み出した足のつま先から1/3程度(指の付け根付近)に体重を乗せるつもりで歩くとちょうど足の裏全体に体重がかかると思います。

つま先は基本、斜面に対して真っすぐにします。

登山靴は斜面に対し、真っすぐに置いた時に最大の摩擦を発揮します。

(靴底と地面の摩擦力のことをフリクションといいます)

滑りそうだからといって、靴を斜面に対して横向きにして、恐る恐る歩いている人をよく見ますが、これはかえって滑ります。

それに横向きだと、転倒したときに変な場所を打ったりしますので気を付けなければなりません。

登山靴は構造上、あらゆる方向でもフリクションが得られるように作られているものの、やはり、斜面に対しつま先を真っすぐに置くのが一番滑りません。

斜面に対して真っすぐだと、仮に滑ったとしても尻もちを着くだけなので大けがをしづらいということもあります。

下りは登りにくらべ、どうしても膝上の大腿筋を酷使します。

下山のときに大腿筋が疲れ、膝がガクガクすることを「膝が笑う」といいます。

膝が笑わないようにするには、登山をして鍛えるのが1番ですが、なかなか山へ行けない人はトレーニングで太腿を強化する必要があります。

普段から平地でランニングしている人でも登山で使う筋肉はちょっと違いますので、筋トレを工夫しなければなりません。

歩幅

歩幅については、急斜面や滑りやすい斜面ほど歩幅は狭くなりますし、緩斜面ほど歩幅は広くなります。

また、段差についても、一歩の段差が大きいほど疲れ、膝にもダメージがきますので、二歩や三歩で下れるところは無理に一歩で下らないようにしますが、これも登りと同じく一歩で行く方が良い場合もあるので、道の状況を見ながらになります。

ペースは斜度や滑りやすさによって速くなったり遅くなったりしますが、登りと同じく、呼吸とリズムを保ちながら歩きます。

どちらかといえば、登りは体力勝負ですが、下りは歩行技術と強い太腿がものを言います。

下りは慣れるとスピードと安定感が出てきます。

初級者と経験者では登りよりも下りで大きく差がつく場合が多いでしょう。

下りのまとめ

下りについて一言でまとめると、

腰が引けないよう姿勢を正して、上半身はやや前傾にし、膝に弾力を持たせ、足の裏全体に体重をかけ、呼吸を整え、リズムよく、転んでもお尻で着地できるよう、あまり靴を横向きにしないように歩きます。



危険な急斜面の登り下り

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図2は斜面が90度に近いような危険な場所のイメージです。

このような危険な急斜面を登るときは、「三点確保」が基本になります。

三点確保とは手足4本のうち、3本は常に地面や岩、木、ロープなどにホールドされている状態を保ちながら、登ったり、下ったりすることです。

図2は登っているところですが、左手、両足の三点は確保されています。

この状態で右上の太い枝を右手で掴もうとしています。

掴んだら、四点確保の状態になり、次は、両手、右足の三点を確保しながら、左足を上げ、左上の岩に足を運びます。

このように、滑落の危険があるような危険な急斜面では登りも下りも「三点確保」が必要になります。

一般的にこのような場所がコース中にある場合は、ザイルやチェーンが固定されていることが多く、「くさり場」と呼ばれています。

(固定されているザイルなどをフィックスロープと呼びます)

フィックスロープに注意

くさり場に限らず、フィックスロープが張ってある斜面を通過する場合、フィックスロープを信用してロープに体重をあずけながら通過するのは危険です。

この傾向は初心者に多く見られます。

万が一、フィックスロープが劣化していて、切れたり、はずれたりしたとき、そのまま転倒、滑落してしまいます。

基本は滑らない足場、動かない岩や、灌木、太い枝など信頼性の高い場所を選んで確保します。

どうしてもフィックスロープを掴まなければいけない場合は、体重をのせる前に一度引っ張ってみて強度を確認してからにします。



三点確保が必要だけど、後向きで下りるほどでもない急斜面の下り

図3は図2のように絶壁に近い場所よりは傾斜が緩く、前向きでも下れるけど、急斜面なので三点確保が必要な場合をイメージしました。

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図2のような場所は誰でも慎重に通過しますし、くさり場はコースガイドなどに注意ポイントとして必ず掲載しているものです。

しかし、図3で示したような急斜面は実際の登山ではけっこうな頻度で出合うものです。

図3では、両手、左足を確保しつつ、右足を岩に置こうとしています。

万一、右足を置こうとした岩が滑っても三点確保ができていますので転倒、滑落は防げます。

三点確保は図2と3で示したような急斜面では必ず必要になってきますが、普通の斜面でも岩や灌木、太い笹を何本もわし掴みにしたりしながら、登り下りをすることで、下半身の疲労が軽減されますので、登山道にあるものを上手に利用することも歩き方のコツです。

ただし、腐ってたり、折れそうな木、ぐらぐらする石(浮き石という)などは危険なので、よく見極める目を養わなければいけません。

なお、ダブルストックを使う人は、木や岩を掴むことはないと思いますが、根曲がり竹など背の高い笹や、はい松などが登山道にせり出している場所や大きな岩が連続している場所などは、ストックがかえって邪魔になる場合もありますので、ストックは状況に応じて使うことになります。

 

プチ歩行技術


上の写真では登山道の真ん中に大きな石が横たわっています。

ここを通過する場合、この石の上に一歩上がるのか、石をまたぐのか?どちらが良いのでしょう。

この場合は、安全にまたぐ事ができる場合は、またぐのが正解です。(またぐとバランスを崩しそうな場合は、石に上がった方が良いでしょう)

石に一歩上がるのに数十cmとしても、このような石が登山中に何百回も現れたらトータルで数十m無駄に山を登ることになります。

 

次の写真では登山道が左右に分かれ、左は一定の傾斜で登りますが、右は一旦登って下がってから左の道と合流します。

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ここを通過する場合、右か左か?

左を歩くのが正解です。

写真1の理屈と同じで、僅か数十cmでも一旦登って下る分、無駄に山を登ったことになります。

このようなコース取りの些細なことでも累積すれば疲労度に差が出てきます。

そのほかにも、登山道に倒木があった場合にまたぐのか、くぐるのか?

階段状の道と、斜度が一定の斜面があったらどちらがいいのか?

など、山登りではいろいろな場面に出くわします。

そんな時は安全性が一緒なら体力を消耗しない方を選ぶことになります。

なんとなく歩くのではなく、このようなことなどに気を配りながら歩くことによって、歩き方が徐々に上達していきます。



ピッチについて

登山でいうピッチとは歩く速さをいう場合もありますが、通常は、休憩から休憩までの歩行時間のことをピッチと呼んでいます。

一般的には歩き始めから約30分で最初の小休止をとります。

これは体が慣れていないので、きつくて息が上がったり、暑い、寒いなどで重ね着調整をしたり、ザックのパッキング、ベルト類、靴ひもなど装備の不具合を調整するためです。

(経験者ぞろいで特に不具合を訴える者がいなければ休憩せず続行もありです)

最初の小休止のあとは約1時間歩いて10分程度小休止を繰り返すというのが一般的なピッチです。

パーティーの消耗度やモチベーションを見ながらピッチを変えたりもします。

例えば、体調によって30分歩いて5分小休止ということもありますし、1時間は超えるけど、あの尾根に出たら休もうとか、消耗が激しいメンバーのために5分程度の立ち休憩をとったりすることもあるでしょう。

食事の時は20~30分程度の大休止をとります。

天気がよく、時間に余裕があれば1時間以上大休止する場合もあるでしょう。

特に大休止の時は、めんどうでも汗冷えしないようヤッケやフリースを着るなど、重ね着調整をして体力が消耗しないようにします。

ピッチについては、リーダーがパーティーの状況や行程を見ながら判断することになります。

 

手袋(グローブ)について

最近は昔にくらべ、登山者の手袋の着用率が低くなりました。

三点確保で書いたとおり、登山では岩、木、ロープなどを掴んだり、ヤブを漕ぐこともありますし、転倒して地面に手を着くこともあります。

登山中の不衛生な状況で手に傷を負うと厄介ですので、夏山でも基本的に軍手などの着用を勧めます。

おしゃれを重視した登山ウエアを着ている場合など、軍手だと不釣り合いに感じる時は、登山メーカーなどから登山専用グローブも販売されていますし、ホームセンターに行けば、いろいろなデザインの革製、ナイロン製などのグローブが、数百円~1000円程度で手に入ります。

フィットする手袋なら、予算と好みに合えば、何でも良いと思います。

歩行技術を向上させるためには、とにかく登山をすることです。

実際にすべったり転んだりしなければ、わからないことが多いと思います。

すべっても怪我をせず、お尻からソフトランディングできる「転び上手」も大切な技術のひとつです。




看板(下)



プロフィール

フリーランサー。元船員(航海士)
学生時代に山岳部チーフリーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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