17Jan
登山は熱い日差しを受け、限られた水分を取りながら長時間の歩行を強いられますので、熱中症に非常にかかりやすい運動のひとつと言えます。
登山の熱中症対策は、これまでにも紹介したように、水分、塩分、糖分、ミネラル分の補給の仕方を工夫することで、ある程度は凌ぐことができます。(水分・ミネラル分の補給による熱中症対策については「登山と熱中症対策~水分、塩分、糖分、ミネラルをとれ!」を読んでみて下さい。)
しかし、熱中症のかかりやすさには年齢や体力などによる個人差がありますので、どんなに万全の対策をしても熱中症にかかってしまう人もおります。
今回は、熱中症になりづらい体を作るという、究極の熱中症対策「暑熱順化(しょねつじゅんか)トレーニング」について紹介します。
中高年になったら熱中症にかかりやすくなってしまった!
筆者は、水分補給(スポーツドリンク、経口補水液など)やサプリメント(ミネラル)の補給の仕方を工夫しながら、熱中症対策をしてきましたが、50歳を過ぎたあたりから、夏山の長大コースでは、どんなに工夫しても熱中症にかかるようになってしまい、このままでは夏山は低山しか登れなくなると危機感を感じるようになりました。
山行頻度は例年どおりですし、ランニングや筋トレなどのトレーニングも普段どおり行っていて、足腰や心肺機能の衰えは特に感じてはなく、熱中症にかかるような心当たりは特にありませんでした。
これが、世にいう「高齢者が熱中症にかかりやすいというやつなのか?」と残念な気持ちになりましたが、登山の活動範囲を縮小するには年齢的にはまだまだ早いので、何とか肉体改造出来ないものかと画策を始めました。
なぜ、高齢者や子供は熱中症に弱いのか?~体温調節機能と筋肉量
高齢者や子供は熱中症に弱いと言われていますが、その理由について知っておく必要があります。
まず、高齢者ですが、人は歳を取るとは温度を感じるセンサーが鈍くなってしまいます。
通常は暑くなると、血流量が増えたり、発汗したりして自動的に体温調節が行われるのですが、温度センサーが鈍くなると、体温調節機能がうまく働かなくなりますので、暑くても熱を上手に逃がすことができず、熱中症にかかりやすくなってしまうということです。
子供の場合も高齢者と同じく体温調節機能がうまく働かないことが原因なのですが、子供は体温調節機能が衰えたのではなく、体温調節機能が未発達ですので熱中症にかかりやすいということになります。
高齢者が熱中症にかかりやすい原因には、筋肉量の減少も関係しています。
筋肉には体の水分が多く蓄えられています。
ですので、筋肉量が減ると体に蓄えられる水分も少なくなり、脱水症状になりやくなるので熱中症にかかりやすくなるということです。
若い人の体内水分量は体重の60%ほどですが、高齢者では体重の50%ほどまで減少します。
高齢になっても筋肉量をある程度維持するということは、熱中症対策にも効果があるということになります。
加齢による熱中症のかかりやすさの原因についてざっくりとわかりました。
対策のひとつとしては、筋肉量を増やすことがあげられますが、体温調節機能の衰えはどうすることもできません。事実、筆者も筋肉量が減少していないのに加齢によって熱中症にかかりやすくなってしまいました。
では、歳を取ったら熱中症対策は諦めなければならないのかということになりますが、体温調節機能を鍛える方法があればなんとかなるかも知れません。
そこで、アスリートなどが行う「暑熱順化トレーニング」に着目しました。
もうやるしかない究極の熱中症対策、暑熱順化トレーニング
暑熱順化トレーニングとは
暑熱順化トレーニングとは熱や暑さによるストレスに繰り返し晒されることで、発汗量の増加や体温上昇の低下、心拍数の抑制、循環血液の増加などが起こり、猛暑の中で活動しても体への負担が少なくなるという生体の順応を獲得しようとするトレーニングです。
簡単に言うと、わざと暑い中でのトレーニングを繰り返していると、体が暑さに耐えられるようになってしまうという人の体の適応能力を引き出すトレーニングです。
暑熱順化トレーニングの一般的な方法は、暑い環境下で中強度の運動を60分~100分間行うというものです。
効果は3日目くらいから現れますが、効果を定着させるには7日~10日間実施する必要があります。
暑熱順化トレーニングの考え方は、熱中症が起こりやすい環境下にあるアスリート(マラソンなど)のほか、軍隊、消防などでも採用されております。
真夏の登山は、マラソンランナーや軍人、消防士に引けを取らないかあるいはそれを上回る過酷な暑熱環境で行動しなければならないこともあるので、夏山愛好家にとっても場合によっては必要なトレーニング方法になると思います。
東京消防庁が行った暑熱順化トレーニングの方法
では、実際に暑熱順化トレーニングを実施して効果があった事例として、東京消防庁が検証したトレーニング方法を二つ紹介します。
まず一つ目は、消火活動の際に着用する防火服上下、ヘルメット、長靴、呼吸器(空気ボンベ)、防火マスク(目出し帽)、手袋など装備一式を着用し、この状態で40分間消火活動の訓練を行い、その後ヘルメットと空気ボンベを外し、長靴は運動靴に替えますが、防火服上下、防火マスク(目出し帽)、手袋着用の状態で約3kmの距離を20分間ランニングするというものです。
二つ目は防火服上下、防火マスク(目出し帽)、手袋、運動靴着用(ヘルメット、長靴、空気ボンベなし)の状態で、約5kmの距離を30分間ランニングするというものです。
この2種類のトレーニング方法をそれぞれ概ね3日に1回、合計7回実施した結果について、どちらのトレーニングも暑熱環境下での体温と心拍数の数字がトレーニング前より低くなり、隊員の暑熱順化が獲得出来たと報告されております。
これについて、東京消防庁の現役消防官である筆者の同級生に尋ねたところ、実際の現場で実施している暑熱順化トレーニングは上記のようなメニューのほか、雨ガッパを着た状態のランニングなどを実施しており、「熱中症対策には有効だが、きついトレーニングなので体を壊さないよう体調管理には気をつけている」とのことでした。
中高年の我々にもできる登山のための暑熱順化トレーニングの方法
暑熱順化トレーニングは猛暑の中でも体温や心拍数が異常に上がらない熱中症に強い体づくりが出来るということがわかりましたが、体温調節機能が衰え始めた中高年登山者にも効果があるのでしょうか?
東京消防庁がやっているような訓練を我々がいきなりやると危険を伴いますので、運動負荷を調整して実施してみます。
トレーニング方法は普通のランニングとし(服装はジャージ、Tシャツ、ランニングシューズ)、8月中の晴天の日に7日間実施することにし(雨天は実施しない)、終了後実際に登山を行い、トレーニングの成果があったのかどうかを検証します。
ランニングは20分間と決め、その日の気温や体調によりスピードを調整しますので距離は4~5kmくらいになります。
運動負荷は20分間走ることが出来るギリギリのスピードに調整し、これ以上早く走るとペースを保てないというところまでスピードを上げます。
ランニングの時間が20分ではやや運動負荷が足りないように思いますが、理由については、体が慣れていないので低負荷のトレーニングから始めるということと、トレーニング時間を短めに取ることでモチベーションを維持しやすくすること、また万一具合が悪くなった時でも一人で帰宅できるよう時間を短めに取りました。
服装を厚着にしなかった理由については、8月の晴天時のランニングはただ走っているだけでも熱中症にかかる可能性があり、熱中症に強くない者にとっては暑熱環境が十分整っていると判断できたので、ジャージにTシャツとしました。
タンパク質・糖質を取って効果を高める。いわゆる「筋肉のゴールデンタイム」の応用
暑熱順化トレーニングを実施するだけでも効果が期待できるのですが、血液量や筋肉を効率よく増やす工夫として、トレーニング直後に糖分(スポーツドリンク)とアミノ酸(サプリメント)を取ることにしました。
諸説ありますが、人の体はトレーニング直後から48時間までタンパク質の合成が活発になります。
中でもトレーニング終了から30分以内はタンパク質の合成が特に活発になるので、アスリートや筋トレマニアからは「筋肉のゴールデンタイム」などど呼ばれることがあり、トレーニング後は吸収の良い糖質とタンパク質をなるべく早く取ることで、効率的に筋肉や血液を作ることが出来ると言われております。(糖質摂取の理由はエネルギー補給の意味と体のタンパク質がエネルギーに変換されてしまうのを防ぐためです)
今回は、筆者が登山中に飲んでいるサプリメント「ウイダーアミノタブレット」とノーブランドのスポーツドリンクを取ることにしましたが、プロテイン、牛乳、ヨーグルト、バナナなどを工夫して取れば更に良いと思います。
体内のタンパク質合成は運動後48時間は活発になりますので、栄養分の摂取はゴールデンタイムに限らず、3食バランス良く取ることが大切です。
※必要な1日のタンパク質の摂取量は諸説ありますが、普通の人で体重1kgにつき1g、スポーツをする人で1.6g~2.0gほどです。
体重60kgでスポーツをする人であれば、タンパク質は1日に96g~120gは必要になり、豚バラ肉(100gのタンパク質量14g)であれば1日に685g~857g、鶏もも肉(100gのタンパク質量25g)であれば1日に384g~480g、牛乳(100gのタンパク質量3.3g)であれば2.9L~3.6L、という数字になり、普通に食事していればほとんどの人がタンパク質不足ということになります。食事は脂質の多いものは避ける、プロテインなどを補助的に使うなどの工夫が必要になるでしょう。
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暑熱順化トレーニング後の登山。効果はあったのか?
暑熱順化トレーニングの成果の検証は8月中に日高のコイカクシュサツナイ岳で行いました。
この山はトレーニングの前月(7月)にも登っているので、コースタイムや疲労感を比較することで効果があったのかどうかを確認します。
まず、天気と気温の比較ですが、
- 7月(暑熱順化トレーニング前)の登山~天気曇り、登山中の最高気温24℃
- 8月(暑熱順化トレーニング後)の登山~天気晴れのち曇り、登山中の最高気温26℃
であり、8月の方が気温が高くやや不利なコンディションです。
コースタイムの比較は以下のとおりです。
- 7月(暑熱順化トレーニング前)の登山~登り6時間23分、下り4時間13分
- 8月(暑熱順化トレーニング後)の登山~登り5時間25分、下り4時間8分
下りではあまり差はありませんが、登りは暑熱順化トレーニング後の方が約1時間早くなっています。
登りの時間に大きな差が出来た理由については、トレーニング前の登山では軽い熱中症を起こしていたため、極端にペースが落ちたものと考えられます。
疲労感については暑熱順化トレーニング前の登山では、暑さにより、登りでかなり心臓が苦しくペースが上がらない状態が続きましたが、トレーニング後の登山では暑さによる疲労は感じていましたが、前回の時のような心臓の苦しさは感じず、安定したペースで登山を終えることが出来ました。
以上の検証結果から、今回の暑熱順化トレーニングではある程度の暑熱順化が出来たものと考えます。
暑熱順化トレーニングの実施時期と順化後の体を維持するには?
今回は8月に暑熱順化トレーニングを実施しましたが、夏山でトレーニングの効果を体感するためには本格的な暑さが来る前の6月中には暑熱順化を完成させておく必要があると思います。
本格的に暑くなる前の暑熱順化トレーニングでは、今回のトレーニングのような服装ではなく、ランニング時にはウインドブレーカーを羽織るなど熱がこもるような工夫が必要だと思います。
また、暑熱順化が完成した後、その効果は1週間~1か月でなくなってしまうと言われています。
一度順化した体を維持するには、暑熱順化トレーニングを連続して3日以上サボらないのが理想的とされていますが、都合でトレーニングが出来ないことも考えられますので、個人差はあると思いますが、夏山期間中は少なくとも1週間に1回のペースで暑熱順化トレーニングを実施していれば、順化を維持することが出来ると思います。
暑熱順化トレーニングの実施に当たっては、トレーニング中に脱水や熱中症になる可能性がありますので、それぞれの体力や体調に合わせて工夫しながら無理のない範囲で実施することが大切です。
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