山登り初心者とステップアップしたい経験者の方へ登山講座

menu

元山岳部部長の登山講座

またか?大雪山旭岳4人遭難~事故を分析

またか?大雪山旭岳4人遭難~事故を分析

H29年10月17日、日本百名山のひとつ、旭岳において、男女4名が道迷い遭難を起こし、警察や自衛隊まで出動する事態が発生しました。

北海道の最高峰、表大雪旭岳(2290m)の旭岳温泉コースは通年、道迷いによる死亡遭難事故が多発している場所です。

旭岳温泉コースはロープウエイで標高1600m付近まで行けますので、観光気分の延長で旭岳山頂を目指す人が多くいます。

ロープウエイの終点、姿見駅から山頂までは標高差690m、時間にして約2時間で旭岳山頂まで行けてしまうことから、登山初心者や観光客が軽装備のまま気楽に足を伸ばし、下山時に道迷いを起こすことで大変有名なコースです。

ロープウエイ駅があるという安心感のためか、登山客や観光客が多く、一見簡単そうに思えてしまうのが、このコースの盲点です。

姿見駅から一歩歩き出せば、そこは2000m級の山域です。

北海道の2000m級は、本州の山の3000m級に相当すると言われ、非常に気象条件の厳しい場所です。

山頂付近では真夏でも気温は0℃近くまで下がることが普通にありますし、春や初冬では吹雪に遭い、軽装のまま命を落とす登山者が後を絶ちません。

また、旭岳はガスや吹雪で視界が悪くなりやすい上に、登山道は木がなく、火山灰質のガレ場の連続で地形がわかりづらくて迷いやすいという特徴もあります。

雪が積もると地形は更にわかりにくくなります。

今回は「またか旭岳か」と、うんざりするような道迷い遭難事故について報道からわかる範囲で分析してみます。




事故概要

平成29年10月17日朝、横浜市の男性(70代)と妻(60代)は旭岳ロープウエイ姿見駅から旭岳山頂を目指した。

2人は登山途中に出会った、マレーシア人男性(20代)とシンガポール人女性(20代)と合流し、一緒に歩くことになったが、下山中、7合目付近で道に迷った。

17日午後7時35分ごろ、男性(70代)は携帯電話で「下山中にルートから外れて、どこにいるのか分からない。近くに滝が見える。」と110番した。この時、男性は携帯電話のGPS機能で、場所を伝えようとしたがうまく行かなかった。

18日午前7時40分ごろ、4人のうち1人から携帯電話で「4人とも生きている。マレーシア人男性は低体温症で動けない」と連絡があったが、その後連絡が取れなくなった。

18日未明から道警山岳警備隊と災害派遣を受けた陸上自衛隊部隊は4人が沢の近くにいるとみて捜索を続けていたが、18日午後、遭難者が照らすライトの灯りや足跡を見つけ、辿っていったところ、午後5時40分ごろ、姿見駅から南東約1.5キロ先の二見川付近で、4人全員を発見した。

4人に外傷などはなかったが、マレーシア人男性が低体温症の症状を呈していた。

18日夜は、捜索隊とともに現場付近でテント泊した。

19日朝、道警ヘリコプターで4人は救助され病院に搬送された。4人は体力の消耗が激しかったが意識ははっきりしており、命に別条はなかった。

現場周辺は17日から雪が降り続いており、旭岳ロープウェイによると、姿見駅では18日午後3時の気温がー6度、積雪は12センチだった。

4人はいずれも本格的な冬山装備ではなく、テントは持っていなかった。

男性夫婦が身に付けていたものは、雨合羽だけとのことだが、風が当たらない岩場にいたことが生存につながったとみられている。

 

事故現場の地形図

赤の実線は、夏道です。

冬山登山では夏道に沿って登るとは限りませんが、登山に慣れていない者は冬でも夏道を利用することが多いので、今回の遭難者も夏道のとおりに歩いたのではないかと思います。

姿見の池を過ぎると、徐々に尾根地形になり、斜度もそれなりにあります。

このルートは火山灰質で顕著な目標物がありません。

過去の道迷い遭難では主に下山時に発生していますが、山頂直下の金庫岩付近から今回遭難者が迷い込んだ中腹付近までの区間では南側の斜面に迷い込みやすいことで知られています。

下山時に視界が効かなくなった場合、金庫岩付近から先のルートは西にほぼ真っすぐに伸びていて、等高線を見ても顕著な尾根地形ですので、尾根の真上からそれないよう気をつけ、進行方向の左側(南側)には出ないようにしなければなりせん。

コンパスを見ていて、進行方向が南方向にずれ出せば、コースをはずしたことに気づくでしょう。

遭難者が迷ったとされる7合目付近は、等高線の形でわかりますが、尾根の幅が段々広がってくる場所ですので、尾根の真上がややわかりにくい場所と言えます。

積雪があると、地形は更にわかりづらくなります。

コンパスを見ながら用心深く下山しなければコースを外す可能性があります。

赤の点線は推測ですが、このような感じで遭難地点まで下りてしまったのではないかと想像します。

それ以前に、旭岳のような地形のわかりづらい雪山に入る時は天候が十分に安定している時でなければならず、天候が不安定ならハンディGPSやスマホの地形図アプリを使用するなど周到な準備が必要です。

視界が効かなくてもGPSなしで安全に雪山を下山できるとすれば、その山の地形を相当熟知していなければなりません。



遭難者の装備は?

報道では遭難者は「本格的な冬山装備ではなかった」「雨合羽を着ていた」「テントを持っていなかった」とありますが、テントなしで1泊ビバークしても凍傷などが発生していないとすれば、厚手の肌着や厚手のフリースセーター、防寒手袋、厚手の靴下、目出し帽など、それなりの防寒対策をした上に防風用としてゴアテックスのカッパを着用していたのではないかと想像します。

「本格的な冬山装備ではなかった」というのは、おそらく冬山用ハードシェルなどの本格的なアウターやオールシーズンブーツなどを着用していなかったのではないでしょうか。


冬山用ハードシェル finetrack(ファイントラック) エバーブレスアクロジャケット

ゴアテックスのカッパをアウターとして春や初冬の山に着用するという着方はありますので、肌着や中間着さえしっかりしていれば、ゴアのカッパでも防寒対策が不十分とまでは言えないと思います。

しかし、凍死しなかったから、その程度でも良かったのかと言えばそうではなく、この時期に北海道の2000m級を登るとすれば、ツエルト(簡易テント)などを含め、厳冬期に準じる冬山装備を備えることが常識だと言えます。

遭難者は「携帯のGPS機能を使おうとしたが場所をうまく伝えられなかった」とありますが、スマホを持っていたようです。

スマホに、GPSアプリや地形図アプリを入れていなかった、アプリは入れていたが使い方を練習してなかった、電池の残量が十分ではなかったなどが考えられます。

いずれにしても、吹雪けば道迷いを起こす蓋然性の高い山に登るのですから、普段からGPS機能やアプリの操作方法を熟知しておく、予備電源を持って行く、地形図、コンパス、高度計などを装備し、読図能力を鍛えておくなどが必要で、それができなければ安易に冬山に足を踏み入れるべきではありません。

 

事故当時の気象は

10/17 09:00 出典:気象庁HP過去の天気図

10/18 09:00 出典:気象庁HP過去の天気図

天気図を見てみます。

遭難者が入山した17日午前9時の天気図を見ると、沿海州に低気圧があり、北海道付近は気圧の谷になっていることがわかります。

翌18日午前9時の天気図では、前日の低気圧は発達しながら北海道付近を通過し前線を伴っています。

低気圧通過後は、やや冬型の気圧配置になっています。

天気図を見る限り、低気圧通過後、現場では北西寄りの冷たい風が吹いていたと推測できます。

寒気の状態にもよりますが、大雪山ではこの季節、低気圧が通過する時は雪が降ると考えるのが妥当であり、標高の高い場所では吹雪くこともあります。

アメダスを見る

旭川市(標高119m)のアメダスを見ますと、17日は降水量はほとんどありませんが、朝から断続的に雨の天気で午後9時にはみぞれを観測しています。

最高気温は午後0時の11.3℃、最低気温は午後10時の1.6℃です。

18日も不安定な天気が続き、未明から早朝は晴れていますが、午前9時にみぞれを観測しています。

最低気温は午前6時に1.1℃まで下がっています。

気温は標高が100m上がると約0.5℃下がりますので、旭岳山頂の気温は旭川市の気温より約11℃低くなり、標高1600m付近では旭川市より約7℃低くなります。

17日から18日にかけての現場付近の気温は、旭岳山頂付近で0℃~ー10℃、標高1600m付近では4℃~ー6℃程度と予測できます。

この気温で降水があれば、ほぼ雪になりますので、天気予報を見ていれば吹雪の中を登山することが事前に予測できると思います。

報道によれば17日、現場周辺は雪が降り続いており、姿見駅では18日午後3時の気温がー6度、積雪は12センチとなっています。

 

まとめ

報道や気象データを見る限り、遭難者は入山時に雪が降っていたか、雪が降る可能性が非常に高いのに、確たる装備を持たずに登山を開始したと読み取れます。

登山客が多い山なので、道迷いなど起こさないであろうと、軽く考えたのではないかと思います。

旭岳は日本百名山のひとつですので、頂上を踏みたいばかりに無理な計画をしたということも考えられるでしょう。

山岳事故は必ずと言っていいほど、同じような場所で同類の事故が繰り返し起こります。

旭岳は特に道迷いによる死亡事故が多い山なのですが、その怖さは一般にはあまり浸透していないようです。

北海道の高い山では9月中旬に初冠雪しますので、10月に北海道の2000m級の山を登ろうとすれば、冬山と同じ装備が必要と考えても決して大袈裟ではありません。

旭岳などの高山に登ろうとする方は、十分な用意をした上で入山するか、天気が悪ければ登山を中止するなどの判断が必要になります。







プロフィール

フリーランサー。元船員(航海士)
学生時代に山岳部チーフリーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



カテゴリー