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元山岳部部長の登山講座

日本百名山の光と影~増える遭難を分析!

トムラウシ

今や登山をしない人を含め、日本百名山という言葉を知らない人はいないでしょう。

日本百名山のピークハントという登山スタイルが、近年の中高年登山ブームを加速させたわけですが、登山人口の急増と共に、遭難事故も増えました。

今回は日本百名山ブームと山岳遭難の関わりについて分析してみます。




日本百名山に選ばれた山とは

筆者が本格的に登山を始めた昭和60年ころの一般登山者の認識として、日本百名山という本があるということは知っていても、著者が深田久弥だとか、どの山が百名山になっているのか?なんて詳しく知っている人はほとんどいませんでした。


日本百名山 (新潮文庫)

筆者が日本百名山のことを詳しく知ったのは、高校山岳部の時です。

山岳部には高体連の登山競技大会があって、その中にはペーパー試験があり、日本百名山に関する問題が何回か出題された関係で、日本百名山というものを知りました。

日本百名山がどのような基準で選ばれたのかについて、疑問をいだかない人はいないと思います。

筆者の活動地域(北海道)では九座しか選ばれていませんが、選考から落ちた北海道の山の中には誰もが知る名山はたくさんあります。

選考基準の謎については、当時、山岳関係者から聞いたのですが、深田久弥氏の滞在日数の関係で、色々な山を登ることができなかったという、それだけの理由で、日本百名山から漏れた名山がたくさんあるということでした。

当時は山行計画をする際に、その山が日本百名山に選ばれているのかどうかについては、特に気にすることはありませんでしたが、現在では、日本百名山は確実に「人が込み合う山」になりましたので、駐車場やヒュッテ、テン場の確保など一定の配慮が必要になりました。

一方で、日本百名山から漏れた名山の中には未だに登山者が少なく、昔のままひっそりと鎮座している山もあり、このような山は、ゆったりと山歩きを楽しみたいという登山スタイルの者にとっては、貴重な存在になっています。



中高年登山ブームと百名山ブーム~登山人口の増加と登山技術の劣化

昭和の終わりころから、過去に例を見ない中高年登山ブームが起こり、平成になってからは日本百名山という新たなブームが加わり、中高年登山ブームに拍車をかけました。

このブームの影で、遭難事故も年々増加していったのですが、増加の原因については、単純に登山人口の増加と比例して事故も増加したと考えられます。

しかし、中高年登山ブーム以降、事故の中身は変質してきており、道迷いや軽装で登山をして行動不能となるケースなど、初歩的なミスが以前より目立つようになりました。

これについては、登山の基本を身につけてない登山者の割合が増えた結果だと考えられています。

日本百名山ブーム~百名山ピークハンティングという登山スタイル

遭難事故が増えた原因のひとつに、百名山ブームの存在も関係ありそうです。

百名山ブームは、日本百名山をすべて登頂しようとするピークハンティングという登山スタイルを示すのが通常です。

ピークハンティングは登山スタイルのひとつなので、それ自体は何の問題もありません。

問題があるとすれば、一部に登山技術の向上よりも、百名山の登頂ばかりを目指そうとする登山初心者がいるということです。

登山の楽しみ方は人それぞれですので、登山技術の向上を目指さなくてはならないというものではありませんが、日本百名山といっても、初心者が登れるような山から、一定以上の体力や技術がなければ安全に登れない上級者向きの山まであります。

ですので、初心者が日本百名山をすべて登ろうとするのであれば、百名山を登りながら同時に登山技術も上げていくということが必要になってきますが、技術が上がらない状態ですべての百名山を登ろうとすれば、必然的に遭難事故に遭遇する確率は上がってしまうでしょう。

登山技術や必要な知識は、登山回数をこなせば自動的に身につくというものではなく、ガイドや人の後ろをだたついていくような登山スタイルを続けていたのでは、登山者としてのスキルはなかなかアップしていきません。

実際の遭難事故では、日本百名山の制覇を目前にして初歩的なミスで遭難したケースもあります。

このように、登山技術が向上しないまま、百名山ピークハンティングを目指す一部登山者の存在が、遭難事故を助長しているという見方もあります。

また、百名山ピークハンティングを問題視する意見の中には、百名山を登ることだけを目的とするあまり、気象判断よりもツアーの日程を優先したり、強行スケジュールをこなそうとする一部業者や登山者の存在もあります。

台風や低気圧の接近中に発生した平成11年9月の後方羊蹄山、平成14年7月と平成21年7月のトムラウシ山での遭難死亡事故では、ツアー会社が業務上過失致死で起訴されており、百名山ブームと登山ツアーのあり方が社会問題となりました。

平成14年7月に発生したトムラウシの死亡事故では、事故直後、日程に遅れを出させないためか、遭難者の遺体の脇を平然と通過して行く登山者達のモラルの低さも問題視されることもありました。

 

遭難事故の増加については、中高年登山ブームと百名山ブームによる登山人口の増加や、登山技術の未熟な登山者の増加が主な原因と考えられていますが、技術の未熟な登山者は本当に増えているのでしょうか。

このことについては、具体的に検証する手段はありませんが、山岳遭難統計を調査すると見えてくるものがあります。

 

全国の山岳遭難の発生件数

まず、警察庁で出している警察白書から全国の山岳遭難の発生件数について社会背景と比較しながら表にまとめてみました。

遭難者数は昭和50年代から平成3年にかけては、600~800名前後で推移していますが、バブルが崩壊した直後の平成4年以降、徐々に増加が始まっています。

これについては、バブル期に賑わっていた海外旅行などのお金がかかる趣味から、アウトドアなどのあまりお金がかからない趣味に人々がシフトしたことにより、登山人口が増えたためと推測されます。

更に、平成6年以降は急激に遭難者数が増加していますが、これについては、NHKの「日本百名山」「中高年のための登山入門 日本百名山をめざす」が放送された影響による、中高年登山者の増加が原因だと思われます。

それ以降も、平成21年の山ガールブームなどの影響もあってか、遭難者数は右肩上がりに増え、平成29年には3000名を突破しました。

ここで注目すべきことがあります。

昭和50年代までは、全遭難者に占める無事救出の割合が概ね30%台で推移していたのに対し、中高年登山ブームが始まったあたりの昭和60年以降では40%台、現在では50%台まで跳ね上がっています。

一見、無事救出の割合が増えているんだから良いような感じにも受け取れますが、このことは何を意味しているのでしょうか?

一般的に遭難事故の中には救助の必要性が薄いものが含まれます。

必要性がないのに救急車を呼んでしまう人がいるのと似ています。

負傷事故と無事救出を比較した場合、登山技術や知識が乏しいことによって行動不能となり、救助要請してしまうという事案は、負傷事故よりも無事救出の方が一般的に多いと考えられます。

無事救出の割合が増えたということは、自分の実力に見合わない登山をした結果、救助要請をしている人の割合が増えたのではないかと推測されます。

では、無事救出の遭難の内訳や、どのような登山者が遭難事故を起こしているのか、更に統計を詳しく見ていきます。



平成30年の山岳遭難

最新の平成30年の山岳遭難について更に詳しく見ていきます。

まず、年齢別の遭難状況について見てみます。

1位 70代   22.3%
2位 60代   22.1%
3位 50代   15.5%
4位 40代   12.5%
5位 30代    8.9%
6位 20代    6.9%
7位 80代    5.8%
8位 20未満   5.6%
9位 90代    0.3%

70代がトップで、50代以上が全体の60%です。

遭難の態様別の状況については、

1位 道迷い 37.9%
2位 滑落  17.4%
3位 転倒  15.0%
4位 病気   8.8%
5位 疲労   7.6%

そのほかは、転落、悪天、動物襲撃、落石、雪崩などとなっています。

遭難は道迷いが全体の約40%とだんとつに多く、次いで滑落、転倒が遭難の3大原因になっています。

道迷いした結果、無事救出されたのかどうかについては、全国の遭難統計には記載がありません。

無事救出に占める道迷いの割合を知るために、各都道府県警から出ている遭難統計を見てみることにします。

都道府県警の山岳遭難の態様別内訳

遭難の態様別の死亡・行方不明、負傷、無事救出の内訳について知るために、山岳遭難ワースト3の長野県警、富山県警、北海道警が出している山岳遭難統計(H27)を調べました。

長野県の山岳遭難

山岳遭難(長野1)

各項目上位3つは以下のとおりです。

山岳遭難(長野2)

富山県の山岳遭難

山岳遭難(富山1)

各項目上位3つは以下のとおりです。

山岳遭難(富山2)

北海道の山岳遭難

山岳遭難(北海道1)

各項目上位3つは以下のとおりです。

山岳遭難(北海道 2)

3道県ともに死亡原因は滑落・転落が多く、負傷は転倒が多く、無事救出は道迷いが多くなっています。

無事救出の内訳については、道迷い、疲労、病気、悪天候となっていますが、無事救出の中で道迷いは3県の合計で46%と約半数を占めています。

なお、道迷いした人のほとんどは無事救出されています。

また、遭難者で山岳会などの組織に入っていない未組織登山者は長野県で80.3%、富山県で80.8%となっています。

無事救出される登山者の多くは道迷いを起こしているということが統計からわかりましたが、遭難事故の性質上、道迷いは登山に不慣れな者が陥りやすいものです。

これらのことから、山岳遭難事故の中身が変質してきた理由のひとつは、道迷いという初歩的なミスをする未熟な登山者が増えたことが原因であると推測できます。

遭難の態様と遭難者の年齢の関係については、統計がありませんので、無事救出されている人達の年齢はわかりませんが、遭難者全体の60%が50代以上であることや、無事救出の内訳には道迷いのほかに、疲労、病気が多く、中高年登山者を想像させる内容となっています。



中高年登山者には技術が未熟な人が多いのか?

統計から推測すると、初歩的なミスによる遭難事故が増えたのは、技術が未熟な登山者の割合が増えたのが原因であると考えられ、その中には中高年登山者が多いのではないという疑いがあります。

では、中高年登山者には未熟な登山者が本当に多いのでしょうか?

中高年登山者について考えてみます。

近年の登山者の急増は、中高年登山ブームが中核となっています。

中高年登山ブームの最初の火つけ役がなんだったのかは不明ですが、日本の登山の歴史について、ウィキペディアによれば、

1980年代、山岳部や山岳会が衰退し始め、また、登山者に占める中高年者の割合が増え始めた。若い世代が山登りを3Kというイメージで捉えて敬遠するようになり、育児が一段落した世代が山登りを趣味とし始め、仕事をリタイアした世代が若い頃に登った山に戻り始めたことが理由であると考えられる。これに健康志向と日本百名山ブームが輪をかけ、2010年現在に至っている。                                                                                                                            wikipedia

とあります。

要するに、

「中高年登山ブームは、1980年代(昭和の終わりごろ)から山岳部、山岳会が衰退を始め、育児が一段落したり、仕事をリタイヤした中高年世代が若いころに登った山に戻り始め、健康志向と百名山ブームと相まって中高年登山者の割合が増えた。」

という説明です。

筆者は昭和の終わりころに、日本百名山を中心に初心者ばかりの中高年団体が現れ始めたのをよく覚えていますが、当時の中高年登山者の多くは登山経験が豊富でいぶし銀のような人がほとんどだったと記憶しています。

ウィキペディアでいう「若いころに登った山に戻り始めた世代」というのは、このような経験豊富な中高年登山者を指すものではなく、若いころにちょっとだけ登山を経験した人達、若しくは中高年になってから急に山に目覚めた人達を指すのではないかと思います。

平成元年の警察白書の解説の中にこんなことが書かれています。

「登山人口が増えるに従い、登山の知識や経験に乏しい登山者も増加してきている。年少者や60歳以上の高年齢者の遭難が多発したほか、技術の未熟による転落、滑落事故や、事前の準備不足による道迷い、行方不明事案等、基本的な心構えに欠いた遭難が目立った。遭難したパーティーの84.8%が山岳会に加入していなかった」

昭和の終わりころから、中高年登山者や技術の未熟な登山者が増えていったということは間違いなさそうです。

中高年登山者=技術が未熟な者ではありませんが、道迷いのような初歩的なミスをする登山者の中には、中高年登山者の割合がそれなりに多いのではないかと想像できます。

 

まとめ

近年の遭難者は、50代以上、山岳会に未加入、道に迷いやすいなどの傾向が数字からわかりました。

遭難事故を防止するためには、体力トレーニングは勿論のこと、登山技術の向上が求められるわけですが、山岳会に加入していない人達が登山の基礎を学ぶとしたら、独学か、実力のあるリーダーやガイドと行動しながら積極的に技術を学ぶなど、自己啓発していくことが必要です。

遭難には道迷いが多いということですので、まずはGPS専用機やスマホの地形図アプリを使えるようにすることや、紙の地形図やコンパスを使用して読図できる能力を身につけることが、遭難事故を減少させるためには効果的な方法だと思います。

看板(下)



プロフィール

フリーライター。元船員、航海士。
学生時代に山岳部リーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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