1Nov

初心者のための冬山入門
~冬山登山の準備その1~
登山者の中で冬山を登る人は全体の1割以下です。
冬山と言えば、雪崩や凍傷など危険で恐ろしく遭難のイメージが定着しています。
冬山は確かにハードルが高いものですが、山は季節にかかわらず、体力と技術に見合っていれば行けないことはありません。
冬山も例外ではありません。
基本的な登山技術が夏山で身についていて、雪や寒さに対する知識と装備があれば、標高の低い山などは行けると思います。
そこで、これから冬山をはじめてみたい人のために順を追って説明して行きますが、「無積雪期の偵察」~「体力づくり」~「冬山装備の購入」~「雪原での練習」~「冬山低山での練習」~「春山登山」~「冬山登山」というように、安全を考えると通常は1年がかりの準備になります。
今シーズン、冬山デビューをしようと思っていた人にとっては、少し残念に感じるかも知れませんが、冬山はじっくりと準備をしてから行くものです。あわてず、少しずつステップアップしながら憧れの山頂を目指しましょう。
前提条件としてある程度夏山を経験していて、地形判断や読図能力などの基本的な知識があり、基礎体力が十分備わっているものとします。
また、目指す冬山はザイルなどの登攀用具を必要としないレベルとします。
準備段階1~無積雪期の偵察、危険か所のチェック
冬になったら登ってみたい山や歩いてみたい山麓は雪が降る前に偵察山行を行います。
これは、地形を調査することが目的です。
雪が積もってしまうと本来の地形がわからなくなってしまいます。
雪が降る前に一度は目的の山に行ってみて、自分の目で周囲の地形を確かめ、雪が積もったあとのルートをイメージします。
夏道どおりでも登れる場合がほとんどですが、雪に覆われることによって夏は歩けない場所も良好なルートになる場合がほとんどです。
例えば夏道が尾根コースしかない山でも冬は沢も歩けたり、その逆もあります。
基本的に雪が積もってしまうとどこでも歩けてしまいますので、ルートは危険な個所を避けて歩くことになります。
この偵察では危険が予想される場所のチェックが大切です。
冬山のルートを決める際にどのような場所が危険なのか?代表的なものとして以下のようなものがあります。
・危険か所その1~雪崩の発生が予想される斜面
雪崩は傾斜が緩い場所でも被害に遭うとされています。
18度以上の斜度があれば上部で発生した雪崩が到達し得るという研究結果があります。
こう聞くと冬山なんて登れなくなります。
ですので、雪崩発生のリスクが少ない斜面を選んで歩くことになりますが、雪崩が発生しやすい地形としては、緩斜面より急斜面、尾根地形より沢地形が一般的に雪崩が発生しやすいとされています。
また、雪崩そうな斜面を見極めるのに誰でもわかる方法として、木が生えていない、または樹齢の若い木しか生えていない斜面は毎年のように雪崩が発生し、木がなぎ倒されていることが予想できます。
このような斜面やその下部、周辺地帯には近づかないようにします。
100%安全とは言えませんが、太い木が生えていればそこは何十年も雪崩が通っていない場所だといえます。
雪崩についてもっと詳しく知りたい方は「雪崩はどんな時に起こるか」 「雪崩遭難!対策の仕方」を読んでみて下さい。
・危険か所その2~雪庇(せっぴ)ができる場所
稜線上の風下には雪庇ができます。
雪庇とは稜線に積もった雪が風下にひさしのようにせり出しているところです。
雪庇の上に人間が乗ってしまうと雪庇を踏み抜いたり、雪庇が崩壊して転落してしまいますので、稜線上では尾根の中央を歩くようにしなければなりません。
図のように、急峻な痩せ尾根にできる雪庇は特に注意が必要です。
冬の風向きは北西が多いので、雪庇の多くは尾根の南東側に発達します。
夏場に雪庇の発達しそうな場所をチェックし、尾根の地形を把握しておきます。
雪崩に関して補足しますが、理屈どおりに樹林帯の中や安全と言われる場所にいても雪崩の被害に遭ってしまった事故例はいくらでもありますので、雪山では常に雪崩の危険性を感じ、予測しながら行動しなければなりません。
雪崩学の本も出ていますが、雪崩自体が難解なので雪崩のすべてを理解するのは難しく、経験者でもはじめての山で正確に雪崩を予測できる人は少ないと思います。
はじめて冬山にでかける場合はその山の地形や雪崩の情報に詳しい冬山経験者にアドバイスをもらうか、雪崩の発生がほとんどないであろう、標高が低くてなだらかな山(森林限界以下=おおむね1000m未満)を選ぶか、山麓の樹林帯の緩斜面で訓練することからはじめると良いでしょう。
準備段階2~寒さに体を慣らす
冬になったら普段から厚着をしないようにして、徐々に寒さに体を慣らします。
積極的に外でランニングを行い、持久力を鍛えるのと同時に喉や鼻の粘膜を寒気に慣れさせます。
雪中歩行は足腰だけではなく上半身も使いますので、ランニングのほか、スクワット、バービー運動などバランスの良いトレーニングを継続し、夏場に蓄えた体力が落ちてしまわないよう維持することに心がけます。
(体力づくりについては「登山のためのトレーニング前編」「登山のためのトレーニング後編」を参考にしてみて下さい。)
準備段階3~装備の購入(衣類、冬山用登山靴、雪上歩行用具)
冬山で最低必要な装備をそろえます。
衣類、冬山用登山靴、スノーシュー・わかん・山スキーなどの雪上歩行用具、冬山用ストック、ゴーグル、サングラス、スノースコップ、アイゼン、ピッケルなどが必要になります。
服装
真冬でも歩行中はじっとりと汗をかきます。
風が強い時などは立ち止まると途端に冷え始めますので、特に肌着と中間着は慎重に選ばなければいけません。
肌着(ベースレイヤー)は吸水・速乾・保温性が優れ、汗冷えに強い高機能なものを選びます。
肌着はシャツだけではなく、ズボン下も必要ですが、下半身は上半身に比べて汗をかきませんので、温かいものであれば、そんなに速乾性が高いものでなくても大丈夫です。ただし木綿製は避けます。
冬山では汗処理の問題が非常にやっかいですが、この問題は肌着の選定がカギになります。
最近では肌着の下に着用する「ドライレイヤー(0.5レイヤー)」がファイントラックやミレーから出ており、汗冷え対策に注目されています。
中間着(ミッドレイヤー)は中厚手~厚手のフリースなどで極端に厚すぎないものにします。
中間着が厚すぎると汗だくになり、体温調整が難しくなります。
ズボンは肌着さえ温かいものを着用していれば、夏山用のズボンでも大丈夫な場合が多いです。
厳冬期など厳しい寒さが予想されるときには、ウールやポリエステルなどの保温性のあるズボンの方が良いでしょう。
アウターは裏地のついたゴアテックス製のハードシェルと呼ばれるジャケットとオーバーズボンを着用します。
中にはハードシェルではなく通気性の良いソフトシェルを着用する人もいます。
手袋

オーバーミトン(左)、普通のフリースの指付き手袋(右)、 礼装用のナイロン製白手袋(下)
手袋は一番下に着けるナイロン製の白手袋やシルクの手袋などの薄くて乾きやすい手袋、その上に着けるフリースやウールなどの指付きインナーグローブ、その上に着けるオーバーミトンなどの防風・撥水性の手袋の3枚を用意します。
連泊の登山や、厳しい寒さが予想される場合には、オーバーミトンと防寒指付き手袋の中間にオーバーグローブ(指付き)を着用し、4枚重ねにします。
白手袋は行動中に細かい作業をしなければならない時に素手にならずに済みます。
白手袋は駅員さんなどが着用しているものが使いやすく、ナイロン製と木綿製がありますが必ずナイロン製を選びましょう。
オーバーミトンとオーバーグローブはナイロン製と透湿性能があるゴアッテックス製があります。
深雪の中を漕ぎながら前進(ラッセルという)する時などオーバーミトンが短いと知らぬ間に手袋の中に雪が侵入してきます。
オーバーミトンは長いものを選びましょう。
中間にはめるインナーグローブは登山用でなくても良く、ホームセンターなどに売っているもので十分です。
なお、手袋の水濡れに備えて、必ず予備の手袋を用意しましょう。
帽子
ニット帽、目出帽、ネックウオーマーなどが必要です。
行動中はニット帽を着用し、耳の凍傷を防ぎます。
寒い時は更にネックウオーマー着用し、吹雪になれば目出帽を被ります。
生地はやはりフリースが温かくて乾きやすいので毛糸よりも登山には適しています。
ニット帽、目出帽、ネックウオーマーはホームセンターなどに売っているもので十分だと思います。
靴下
靴下は夏場は薄手のものを使用していると思います。
冬山では登山靴の防寒性能にもよりますが、薄い靴下とウールで出来た厚い靴下の2枚重ねや、厚い靴下1枚という人もいます。
靴下は作業用品店などで売っていればそれでもかまいませんが、厚手の靴下は登山用品を扱う店のほうが探しやすいと思います。
ロングスパッツ

ゴアテックス製ロングスパッツ
登山靴の上に着けるロングスパッツが必要です。
最近ではスパッツのことをゲイターと呼ぶ方が多いかも知れません。
これは雪が登山靴の中に侵入するのを防止します。
夏山でもズボンへの泥はね防止に着用している人を見かけますが、冬山では必需品です。
ナイロン製やゴアッテックス製があります。
服装については「冬山登山の服装は?」に詳しく書きましたので読んでみて下さい。
登山靴
登山靴は3シーズンブーツや革製トレッキングシューズのハイエンドモデルを使用している人ならそのまま冬山の低山に流用することができます。
ただし、薄い靴下でサイズを合わせている場合は厚い靴下を履いた場合に窮屈になり血行を阻害することがあるので、靴の防寒性能と靴下の組み合わせ次第では冬山に適しないことも考えられます。
大半の登山者は夏山で布製のトレッキングシューズを使用していると思いますので、このような方は3シーズンブーツかアルパインブーツ(冬山専用登山靴)を購入する必要があります。
どちらにするかは、これからどんな冬山を楽しみたいかによります。
まず、3シーズンブーツだと、アルパインブーツに比べ保温性が低いので登る山の高度や寒さに限界があります。
厳冬期の3000m級の山や北海道の冬山では防寒性能が足りないことが考えられますのでよく調べてから購入しなければなりません。
また、アルパインブーツにはソールのつま先とかかと部分には「コバ」と呼ばれる出っ張りが通常つけられています。
コバが前後にあるタイプはワンタッチアイゼンの装着が可能で、後ろだけにコバがあるタイプはワンタッチアイゼンは装着できません。
このタイプの登山靴にアイゼンを装着するなら、セミワンタッチアイゼンかベルト式アイゼンを購入する必要があります。
厳冬期の高山や北海道の山は登らないと決めているのなら3シーズンブーツでも良いでしょうし、将来本格的な冬山を目指したいのならアルパインブーツが良いでしょう。
雪上歩行用具(山スキー、スノーシュー、わかん)
雪中歩行で登山靴のまま歩くことをツボ足と言いますが、ツボ足は足首くらいまでなら雪に埋まってもさほど疲れませんが、それ以上埋まると時間と体力のロスが大きくなります。
そこで雪上歩行用具を装着するわけですが、代表的なものに山スキー、わかん、スノーシューがあります。
・山スキー

山スキービンディング、ジルブレッタ500に登山靴を装着。 前後の金具が登山靴のコバを押さえている。
山スキーとは特殊なものかといえばそうでもなく、スキー板はゲレンデ用スキーと同じもので、ビンディング(スキー板に靴を固定する金具)だけが特殊な構造になっています。
ビンディングは登行時にはクロスカントリーの歩くスキーのようにかかとがフリーになり、滑り降りる時にはかかとをロックしますのでゲレンデスキーのように滑ることができます。
山スキー用ビンディングについては、残念なことに数年前にアルパインブーツ(前後にコバがあるもの)に装着可能なジルブレッタ500というビンディングが国内では販売が終了したようです。
今から山スキーを始めるのであれば兼用靴(ツアーブーツ)というスキーブーツの底が登山靴のようになっているものが必須になってしまいました。
兼用靴は冬山での長時間歩行には適しませんので、ここでは山スキーについては詳しく紹介しないことにします。
山スキーに関する詳しい記事は後日紹介します。→冬山登山に山スキーは絶滅したのか?
・スノーシュー

MSR製。フレームが爪になっており全方向に爪が効く
スノーシューの長所は初心者でも誰でも手軽に扱えるというところです。
脱着も簡単で、どんな登山靴でも長靴でも装着可能です。
大きさもある程度選ぶことができ、大きなサイズのものは山スキーとほとんど変わらない浮力があり、雪上歩行は山スキーやわかんにくらべ格段にストレスが少なく、歩きやすいのが特徴です。
短所は特に見当たりませんが、装着のための締め付けベルトはゴム製が多く、多少頼りないというぐらいですが、めったなことではずれたり切れたりはしません。
購入には注意が必要で、登山に使用するスノーシューは必ず「山岳用モデル」でなければいけません。
MSRやタブス、アトラスなど、各社から山岳用モデルが出ています。
売り場にあるもののほとんどは平地での雪上散歩を想定したタイプです。
登山用と平地用はそれとわかるように区別されていない場合がほとんどで、商品には必ずしも山岳用などと書いているわけではありません。
山岳用のものは、爪が縦にも横にも付いています。また、フレーム全周が爪の役割を果たしているものなどもあります。
平地用のものはフレームはパイプ型で、爪が1、2か所付いているだけなので見分けがつきます。
このような平地用のスノーシューは絶対に登山には使用してはいけません。
スポーツ量販店で登山知識のない店員から説明を受けて、平地用のスノーシューを登山用として購入してしまった人を何人も知っています。
雪がやわらかく、なだらかな場所なら危険に気づきませんが、雪の表面が硬い斜面でのトラバースでは滑落のおそれがあり、非常に危険です。
スノーシューは硬いクラストした斜面でも全方向に効くタイプのものでなければいけません。
スノーシューの選び方についての詳しい記事は「冬山。スノーシューの選び方と使い方」を読んでみて下さい。
・わかん

アルミ製わかん。フレームに爪がある
わかん(輪かんじき)はスノーシューがメジャーになるまでは冬山では必須アイテムでした。
わかんは古くから日本の豪雪地帯で使用され、現在でも一部の登山者、鉄砲撃ちなどが使用しています。
登山用のわかんは平地用と違い、斜面を登ることを想定しているためフレームに爪が左右2か所付いているのが特徴です。
昔は籐でできたものが主流でしたが、現在はアルミ製になりました。
そのアルミ製もほとんど見かけなくなりました。
スノーシューと比較すると、圧倒的に浮力が少なく体力を消耗すること、長所といえば軽くて小さいので携行しやすいこと、アイゼンを着けたまま装着できること、値段が安いことぐらいで、一度スノーシューを履いてしまうとわかんには戻れないというのが本音です。
また、アイゼンとわかんを併用してもクラストした急斜面ではフレームが邪魔をして滑り、危険なので、脱着のタイミングは適切に行う必要があります。
次回の「冬山入門2」では、冬山で必要な小物(冬山用ストック、ゴーグル、サングラス、スノースコップ、アイゼン、ピッケル)について説明します。
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