7Apr
天気予報や天気図を入念にチェックし、天気が良い日を狙って入山しても、尾根上では何故か強風が吹き荒れていることがよくあります。
泊を伴う縦走などでは、いくら天気が良くても、連日強風にやられると消耗させられてしまいます。
今回は山の上の気象を予測する方法のひとつとして、高層天気図の簡単な見方や実戦的な活用法について紹介します。
高層天気図とは
高層天気図とは、同じ気圧の高さの面を線(等高度線)でつないで表した天気図で、上空の寒気や暖気、空気の流れなどの状況を把握し、地上天気図と合わせて、天気予報や長期予報を行うために使用されるものです。
高層天気図には上空の高さによって、850hPa、700hPa、500hPa、300hPaなどの各高層天気図があり、それぞれの特徴や役割は以下のとおりです。
- 850hPa高層天気図
- 上空1500m付近の天気図です。 温度の傾度から前線の場所を検出したり、下層の雲の発生領域を表したり、温度変化の状態を推測して天気の変化や低気圧の発達、衰弱の把握(大雨の予測等)などに使われます。地上で雨になるか雪になるかの判断は、この天気図でー6℃以下になるかどうかで判断します。上空1500m付近の風向風速や下層雲の有無が分かりますので、登山中の気象判断に役立ちます。
- 700hPa高層天気図
- 上空3000m付近の天気図です。 中層、下層の雲の発生領域を表したり、水蒸気の動きを把握して降水量の予測をしたり、低気圧が発達するかどうかなどの判断に使われます。上空3000m付近の風向風速や中層、下層雲の有無が分かりますので、高山での気象判断に役立ちます。
- 500hPa高層天気図
- 上空5500m付近の天気図です。 地上低気圧の発達、衰弱の予測、移動性高気圧の動向の予測などに使われ、また、ジェット気流の蛇行の様子を知ることができます。この天気図で-30℃以下になると地上では雪になり、-36℃以下になると大雪になる可能性が高くなります。
- 300hPa高層天気図
- 上空9000m付近の天気図です。 ジェット気流の動向から、温帯低気圧の移動、発達、衰弱の予測などに使われます。
※本題に入る前に~気象庁の天気図の日付と時間の表記について
気象庁の天気図を初めて見ると、日付や時間の表記がよくわかりません。
気象庁の天気図の日時は、世界時(UTC)で記載されています。
日本標準時と世界時は9時間の時差がありますので、天気図に書かれた日時に9時間足したものが日本時間になります。
例えば天気図に「010000UTC APR.2020」と書いてあれば、「01」は日付、「0000UTC」は24時間制の時刻となりますので、「2020年4月1日00:00時(世界時)」ということになります。
これに9時間を足しますので、日本時間の「4月1日午前9時」の天気図ということになります。
天気が穏やかな時に登山がしたい~気圧の谷、峰、偏西風の蛇行をチェック
前記のとおり、高層天気図は天気予報をする上で大変重要な役割を果たしているのですが、高層天気図の解析は非常に奥が深く、気象学を基礎から学ばない限り、一般人が高層天気図を理解して活用するのは、とても難しいことです。
ですが、限定した使い方をすれば、プロでなくても活用することが可能で、地上天気図だけではわからない、山の天気の傾向などを知ることが出来ます。
登山における高層天気図のごく簡単な活用法として、偏西風の蛇行の様子をチェックする方法があります。
登山をする場合、偏西風の蛇行を見れば、天気が安定しているのかどうかを大まかに知ることができます。
500hPa高層天気図を見ると、偏西風の蛇行の様子がよくわかります。
図1の500hPa高層天気図の実線が等高度線、破線は等温線です。
高層天気図における等高度線は等圧線とは違うのですが、地上天気図の等圧線と同じく、線が詰まっているところが強風域になりますので、風の強さを知る場合、単純に等圧線と読み替えても良いと思います。
偏西風とは温帯(中緯度付近)にある西寄りの大気の流れ(特に風の強い域をジェット気流と呼んでいます)で、高層天気図の等高度線に沿って風が吹いていますが、この等高度線が凹型になっている場所を上層の気圧の谷(トラフ)、凸型になっている場所を上層の気圧の峰(リッジ)と呼んでいます。
偏西風は図1のように、北極を中心に蛇行しながら西から東へ吹いていますが、この蛇行の波がトラフとリッジを作っています。
図1では日本付近がトラフの中にあるのがわかります。
また、北海道の北側と本州南岸付近は等高度線が詰まっており、この2か所に偏西風の強風域(ジェット気流)があると思われます。
図2は偏西風の蛇行の様子を模式的に描きました。
上層のトラフとリッジは当然天気の良し悪しと関係があるのですが、トラフの前面(東側)では南寄りの暖かい空気流れ込みますので、上昇気流運動が起き、地上では低気圧が発生しやすくなります。
一方、トラフの後面(西側)では北寄りの冷たい空気が流れ込みますので、下降気流運動が起き、地上では高気圧に対応するようになります。
山の上で晴天を期待する場合は、500hPa高層天気図で日本付近が概ねトラフの後面からリッジの前面あたりに入っているのかどうかが一つの判断材料になります。
なお、上層のトラフやリッジは西から東へゆっくりと移動していますので、日本の西側の偏西風の蛇行の様子をチェックすれば、長期的な天気の変化がざっくりとわかりますが、偏西風の蛇行の形は不規則に変化したり、長期間固定して動かないこともありますので、偏西風の動向を知るためには高層天気図を定期的にチェックする必要があります。
また、高層天気図で風が強い場所(等高度線が詰まっている場所)では、一般的に下層でも風が強く、山では強風が吹く場合がほとんどです。
登山で強風にやられないためには、登りたい山が等高度線が詰まっている場所(=ジェット気流)の真下に入っていないかをチェックし、なるべく等高度線の間隔が広い時に登山をすれば風が穏やかということになります。
山の風の予測が具体的にわかる850hPa気温・風の数値予報図
高層天気図のほかに、数値予報図というものがあります。
数値予報図とは、大気の状態の変化を機械で計算して予想天気図にしたもので、高層天気図の予想図のようなものです。
数値予報図の中には上空の風の変化が分かるものがあります。
「極東850hPa気温・風、700hPa上昇流/700hPa湿数、500hPa気温予想図」という数値予報図があります。(図3参照)
この予想図には「12・24時間予想」「36・48時間予想」「72時間予想」の3種類がありますので、3日後までの上空の風などの予想をすることが出来ます。
閲覧は、気象庁のHPかネットで検索すると、いくつかのサイトで見ることが出来ます。
図3は12時間・24時間予想図です。
どの図が何を表しているのかというと、
- ①12時間後の700hPaの湿数と500hPaの気温
- ②24時間後の700hPaの湿数と500hPaの気温
- ③12時間後の850hPaの気温と風と700hPaの上昇流
- ④24時間後の850hPaの気温と風と700hPaの上昇流
ということになりますが、上空の風の予想を知りたい場合は③と④の図だけを見ます。
図4は図3の④の図で、日本付近を拡大したものです。
各所にある矢の記号は上空1500mの風向風速を表しています。
国際式の天気図記号で表示されているので、矢の羽根1本は風速10ノット(5m/s)、短い羽根は風速5ノット(2.5m/s)で、上の図にはありませんが、黒い三角の旗状の羽根は50ノット(25m/s)を表します。(ノットを風速m/sに直す場合、単純に数字を2で割ります)
図4では、東北から北海道にかけて西寄りの風が20~25ノット吹く予想で、関東から関西にかけては西寄りの風が10ノット程度吹くという予想であることがわかります。
太い実線は850hPaの等温線で、3℃おきに記入されています。
図4では東北付近に0℃の等温線があるのがわかります。
Cの記号は寒気の中心、Wの記号は暖気の中心位置です。
等温線は上空1500m付近の気温がわかりますので、山での防寒や暑さ対策などの準備に役立ちます。
網掛けの部分は、700hPa(上空3000m)で上昇流がある部分で、網掛けのない部分は下降流がある部分です。
図3の①と②の天気図については、風のデータが記載されていませんので、今回は説明を省きます。
ちなみに、850hPaの風の予想図には上記のほかに、「日本850hPa相当温位・風12・24・36・48時間予想図」(図5参照)があり、850hPaの風向風速の矢の記号は図3の予報図よりも細かく記入されています。
山での実際の気象~地上天気図と高層天気図ではどうなっていたのか?
では、実際の山の天気と天気図を比較してみます。
風が強かった時の例
筆者は昨年の9月1日から3日間の予定で日高山脈の1839峰を訪れました。
この時の天気は2日の午後から3日の朝にかけて曇った以外は概ね晴れでしたが、稜線上では連日強い西風が吹き、2日の午後から翌早朝にかけて更に西風が強まり(体感で15~20m/s)、テントのポールが曲がってしまうほどでした。
図6はこの時(9月2日21時)の地上天気図です。
Lの記号は低気圧、Hの記号は高気圧を表します。
地上天気図を見ると、北海道の北北東に低気圧があり、北海道付近は気圧の谷にかかっていますが、西側には高気圧があり、天気は回復傾向にあるように読み取れ、この天気図を見る限り、北海道付近ではそれほど天気が悪くはないように見えます。
次に同じ時間の850hPaと700hPaの高層天気図を見てみます。
北海道付近の上空の風は、850hPa(上空1500m)では、西風25ノット(12.5m/s)、700hPa(上空3000m)では西北西35ノット(17.5m/s)程度の風が吹いていることがわかります。
筆者がテントを張ったのは、標高1700m付近の稜線上でしたが、風は上空に行くほど強くなりますので、1700m付近では西風が12.5~17.5m/sは吹いていたことが、この二つの高層天気図から推測できます。
なお、図7と8の図中にあるドット部分は湿潤域と言って、850hPa(図7)では下層雲、700hPa(図8)では中層雲と下層雲が広がっている場所を表しています。
この時の500hPa高層天気図も見てみることにします。
500hPa高層天気図を見ると、北海道付近の上層にはトラフがあって、等高度線も詰まっており(ジェット気流と思われます)60ノット(30m/s)程度の西風が吹いています。
北海道付近が、強いジェット気流の真下に入っていますので、風が強かったのも納得がいきます。
このように、地上天気図ではわからなくても、高層天気図を見ると、なぜ山の上で風が強かったのかがよくわかります。
では、この強風を入山前にあらかじめ予測が可能であったのかどうか、数値予報図を見てみることにします。
図10は3日前の8月30日の850hPa気温・風の72時間予報図です。
北海道付近の上空1500mでは、西風が25ノット(12.5m/s)程度吹くことを、3日前に予測していることがわかります。
これらを見る限り、上空の風の予報はかなり正確であることがわかります。
なお、この時の気温ですが、稜線上(1700m)では8℃でしたが、図7の850hPa高層天気図と、図10の850hpa気温・風予想図を見ると、北海道付近には両図共に12℃の等温線が通っています。
気温は標高が100m上がると約0.6℃下がるので1700mでは10.8℃程度になります。
気温は山での実測値の方がやや低く出ましたが、数値予報図は山での気温の予測にも利用できます。
風が穏やかだった時の例
次は天気が良く、風も穏やかだった、昨年9月13日のトムラウシ山の例です。
日帰りで登ったのですが、午前中は快晴で午後から雲が多くなりましたが、風は一日中弱い北寄りの風でした。
図12は、この時の地上天気図です。
北海道付近に高気圧の中心があり、北日本全体が高気圧に覆われています。
では、この時の850hPaと700hPaの高層天気図を見てみます。
上空の風は850hPa(上空1500m)、700hPa(上空3000m)共に北海道付近では、北寄りの風が15ノット(7.5m/s)程度であることがわかります。
上空2000m付近でも同様の風が吹いていたと思われますが、トムラウシ山(標高2141m)山頂では、それよりも弱く、風速は3~4m/s程度でした。
図14は、この時の500hPa高層天気図です。
北海道付近が、トラフの後面からリッジの前面にかかっていることがわかります。
図2で示したとおり、このような場所の地上では高気圧に対応します。
北海道の東半分を中心に等高度線が詰まっており、北海道の上空にはジェット気流があると思われます。
しかし、風は35ノット(17.5m/s)程度であり、図9の風が強かった9月2日の60ノット(30m/s)に比べれば、風はかなり穏やかであることがわかります。
では、この穏やかな天気が入山前に予測出来たのかどうか、数値予報図を見てみることにします。
図15は3日前の9月10日の850hPa気温・風の72時間予報図です。
北海道付近では、北寄り10ノット(5m/s)程度の予想です。
図12の850hPa高層天気図では、北寄り15ノット(7.5m/s)程度なので、ほぼ正確に予測出来ていることがわかります。
現在の上空の風を知る方法~気象庁のウインドプロファイラ
気象庁ではウインドプロファイラという機械を使って、観測点の上空の風の情報を気象庁のHPで公開しています。
ウインドプロファイラは地上から電波を発射して上空の毎時の風向風速を最大12000mまで計測する機械で、全国に33か所設置してあります。
大気の状態によっては観測できないこともありますが、登山に出発する前に、登る山に近い観測点のデータをチェックすることで、山の上の風の状況を概ね把握することが出来ます。
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