20Jun
知床岳遭難死亡事故を分析する
平成29年(2017年)6月11日、知床岳と十勝岳で低体温症と見られる登山者2名が死亡しました。
夏山の低体温症(疲労凍死)は、初夏や秋の天気の悪い時に多く発生しています。
今回は知床岳と十勝岳で発生した遭難死亡事故を、報道から知り得る範囲で分析しながら、夏山の低体温症について考えていきます。
知床岳と十勝岳の遭難死亡事故の概要
知床岳
6月10日、ツアー登山の10人(40代~80代のツアー客8人、山岳ガイド2人)は2泊3日の予定で、知床岳登山のため、羅臼町相泊から入山した。
この日は海岸線を歩き、知床岳の中腹に幕営した。
6月11日、幕営地から約6時間かけて知床岳を登頂したが、下山中に男性(80歳)1人が寒さを訴えたため、ガイドらは、男性に着替えをさせ、温かい飲みのもを飲ませた。
その後、午後3時ころ、男性は自力歩行困難になったためガイドらが男性を担いで幕営地まで下ろした。
午後7時ころ、男性はテントの中で着替えをしているうちに意識がなくなった。
午後10時10分ころ、ガイドらは救助要請のために110番通報した。
6月12日、午前中、男性とガイド1人を幕営地に残し、他の登山客は下山した。
午後1時30分ころ、救助隊は男性とガイドを発見し、男性を羅臼町内の病院に搬送したが、午後6時ころ死亡が確認された。
十勝岳
6月11日 午前6時15分ころ、十勝岳山頂付近で男性(50代)1人が倒れている、呼吸がないとの110番通報があった。
消防が4時間半後に現場に到着したが、男性の死亡が確認された。
男性は単独行だったとのこと。
遭難現場の地形図
知床岳
知床岳を目指す場合、相泊まで車を使い、そこからは海岸線を歩いたあと、ウナキベツ川に沿って登り、青沼付近から尾根に取り付き、知床湖を経由して山頂に至るコースが一般的です。
知床岳には登山道はなく、踏み跡や地形を確認しながらの登山となり、行程も長いので、通常は1~2泊の登山となります。
海岸(標高ゼロ)から登るため、標高差は知床岳の標高と同じ、1254mになりますので、体力も要求されます。
また、知床連山は風が強いことでも有名な山域で、大雪山や日高山脈に匹敵する気象条件の厳しい場所と言えます。
報道を見ると、幕営地は青沼付近だったと推測されます。
青沼にテントを張り、2泊3日の行程を組むことは、無理のない日程と言えます。
しかし、このルート自体が経験者向きで、時期的にも寒く、発達した低気圧が来れば、気温はかなり下がり、降雪の可能性すらあります。
この時期に知床の山々を目指す場合は、気象予測と十分な体調管理、および防寒対策が必要です。
十勝岳
十勝岳を登るルートは地形図に示すとおり、4方向あります。
日帰りできるルートとしては、十勝岳温泉コース、望岳台コース、新得コースがありますが、いずれも斜度はきつめで、標高差は1000m以上ありますので、経験者向きと言えます。
また、十勝岳は縦走路の途中に位置していますので、美瑛岳方面からの南下や、富良野岳方面から北上する時に、十勝岳を通過する場合もあります。
この時期、十勝岳の気温はまだ低く、残雪も多くあります。発達した低気圧が来れば、高所では普通に雪が降ります。
従って、縦走でも日帰り登山でも、この時期に十勝岳を登る場合は、気象予測と十分な体調管理、および防寒対策が必要です。
天気図とアメダスを見る
天気図
6月は8日に前線を伴う低気圧が北海道付近を通過したあとも、北日本付近に低気圧が居座り、不安定な天気が続きました。
6月10日午前9時の天気図では、北海道の日本海側に発達した低気圧があり、これから天気が崩れることは、誰にでも予想がつくと思います。
6月11日午前9時の天気図では、低気圧は東北海道から千島付近に移動しています。
等圧線を見ると、10日から11日にかけて、北海道付近の上空の風は、低気圧の通過のよって南寄りから北寄りに変化したものと思われ、事故が発生した11日は前日よりも気温がぐっと低下したのだと思います。
アメダス
・知床岳
知床岳に一番近い羅臼(標高15m)の観測データを見てみます。
- 6月10日 09:00 東南東の風2.6m 気温12.8℃ 降水なし 日照0.7時間
- 6月11日 09:00 南西の風 1.3m 気温 7.3℃ 降水2.0mm
- 6月11日 12:00 南南東の風1.7m 気温 7.4℃ 降水0.5mm
- 6月11日 15:00 南東の風 2.1m 気温 7.7℃ 降水2.5mm
- 6月11日 19:00 西の風 0.6m 気温 7.3℃ 降水なし
アメダスのデータによれば、知床岳に入山した6月10日は時々日が射すような天気で、気温は8℃~17℃と、おおむね平穏だったようです。
6月11日は午前3時から午後5時まで降水が見られます。
気温は前日よりかなり下がり、一日中5℃~8℃程度となっています。
報道によると、知床岳では11日午後から小雨が降っていたとあります。
気温は標高が100m上がると約0.6℃下がりますので、知床岳山頂付近は羅臼の観測点より約7℃は低いことになります。
事故が発生した11日の山頂付近の気温は0℃くらい、幕営地(標高400m付近)でも気温は5℃程度だったと推測できます。
風はどの程度吹いていたのかわかりませんが、標高が上がると一般的に雨も風も強くなります。
水濡れと風により、体感温度は0℃以下だったと想像できます。
・十勝岳
次に、十勝岳に一番近い上富良野(標高220m)の観測データを見てみます。
- 6月10日 09:00 南西の風5.4m 気温16.9℃ 降水なし
- 6月11日 06:00 北西の風0.4m 気温 9.8℃ 降水1mm
6月10日は午前4時~午後5時まで断続的に降水があります。
6月11日も午前1時~午後1時まで断続的に降水があります。
十勝岳山頂付近は上富良野の観測点より1800m以上高いので、気温は約11℃は低くなります。
男性が発見された時の現場の気温はー1℃程度だったと推測できます。
なぜ事故は起きたのか?
過去の遭難事故を見ると、疲労凍死が発生する時は、必ず低気圧が通過していて、山の気温は0℃~ひと桁程度まで低下していることが多く見受けられます。
休みの都合や、ツアー日程の関係で少々天気が悪くても、登山を決行することはよくあると思います。
ツアー会社や山岳ガイドは、天気図を確認しているはずですので、悪天候や気温低下を予想できなかったはずはないと思います。
そのことを十分考慮した上で、ツアー参加者の体調や、実力などを見極めて出発していると思います。
死亡した80歳の男性は、登山経験がそれなりにあったようですが、いくら経験者だとしても高齢登山者です。スタミナがないと思って間違いないでしょう。
一般的に高齢者は低体温症のリスクが大きいとされています。
パーティーのリーダーは、メンバーの中で一番弱い者の体調や様子などの変化をよく見ながら登山をすることになり、危険な兆候があればただちに登山は中止します。
入山2日目で、気温が低い中での登頂は、体力があるものにとってはそんなに困難なことではなかったのかも知れません。
下山中に男性が寒さを訴えた時、ガイドらは、着替えと温かい飲みものを与えています。
この行動は、男性の初期の低体温症を疑ったからそうしたのではないかと思います。
その後、男性は自力歩行できなくなります。
この時点で、完全に低体温症を発症していると判断できたと思います。
低体温症で歩けなかったとすれば、危険な状態だと判断しなければなりません。(低体温症の詳細については、「夏山遭難と低体温症~疲労凍死を防げ!」を読んでみて下さい)
問題は、自分たちで何とか下山させるか、ただちに救助を要請するかの判断でしょう。(※中等度以上の低体温症は、患者を動かすと症状が悪化することがあるので注意が必要です。)
男性が歩けなくなった時間は午後3時ころですから、救助を要請し、病院に搬送するとすればぎりぎりの時間です。
日没になればヘリでの救助も、陸行での救助も危険を伴うので、夜明けから行うことになります。
そうなると、軽度ではない低体温症を発症した状態で、もうひと晩、テントで様子を見ることになります。
結果論を言えば、午後3時の時点で救助を要請すれば、なんとかなったのかも知れません。
プロの山岳ガイドが2名いたのですから、適切な見極めはしたとは思いますが、男性は午後7時ころ、突然意識不明になり翌日死亡しています。
この事故のポイントは、メンバーの体調と天候の見極めが適切だったのかと、男性が低体温症を起こした時の対処法や、救助要請のタイミングが適切だったかの、2つになると思います。
十勝岳の低体温症の方は、情報が少なすぎますので何とも言えませんが、夏山で低体温症による死者が発生する現場のほとんどは、稜線や山頂付近などの、標高が高くて風を遮るものがほとんどない場所です。
低体温症を発症しているのに、高所などの寒い場所に居続け、死に至るケースがよくあります。
十勝岳の疲労凍死もそのような典型的なケースだったのではないかと思われます。
初夏と秋。毎年繰り返す疲労凍死~6月の北海道の山はまだまだ寒い!
北海道で発生する低体温症による疲労凍死事故は、6月~7月中旬と9月以降によく起こります。
有名なトムラウシでのツアー登山者大量遭難事故も7月中旬に起こっています。(トムラウシ事故の詳細については「不起訴か?トムラウシ山遭難事故を振り返るを読んでみて下さい。)
この時期に北海道の2000m級の山や、気温が低い地域の山では、低気圧が通過すれば、山の気温は0℃付近まで下がり、雪が降ることもあります。
ツアーだから、山岳ガイドがいるから絶対安心ということはありません。
登山をしようとする者は、普段の体力づくりや体調管理をおこたらず、天候や体調の見極めを自ら行い、登山に出かけるのか中止するのかの判断をしっかりできることが何より大切なことです。
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