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考察~熊よけスプレーの実戦的な使用法とは?

熊よけスプレーは、安全装置を外して発射レバーを押すだけで、誰にでも簡単に使用することができますが、実戦に即した使用方法や構え方、安全管理などについては、現在のところ、詳しいマニュアルが確立され、広く認知されているというような状況にありません。

今回は、熊よけスプレー(熊撃退スプレー、ベアスプレー)の安全かつ効果的な取り扱いについて考察してみます。




熊よけスプレーの実戦的な使用法

近年、熊の出没や熊による人身事故は、変動はあるものの、増加傾向を示しており、筆者が活動している北海道においても、ここ数年、熊の出没が非常に多くなっており、登山中の熊との遭遇回数も以前に比べて倍増しています。

熊よけスプレーは、1980年代にアメリカのモンタナ大学で研究開発された、熊の攻撃を抑止するための非殺傷型スプレーで、熊類に対する撃退率は、アラスカで行われた研究者による調査によると92%となっており、銃器による撃退率(拳銃84%、ライフル等76%)よりも高くなっています。

日本においても、熊よけスプレー(米国環境保護庁登録品)のヒグマやツキノワグマに対する忌避効果は研究者によって確認されており、熊よけスプレーの使用は、現在のところ、熊の攻撃を回避するための最も効果的な方法のひとつと言えます。

このようなことから、熊の出没が多い地域に入る場合には、熊よけスプレーを積極的に携帯することが求められるのですが、スプレーはただ持っているだけではなく、実際の噴射に際し、具体的にどのような動作が必要になるのかについて、イメージトレーニングをしておく必要があると思います。

現在、国内では様々な種類の熊よけスプレーが販売されていますが(ほとんどが外国製です)、スプレーの成分や噴射能力にはバラつきがあり、中にはスペックがよくわからないものなどもあります。

この記事では、成分や能力が米国環境保護庁(EPA)で定めた基準をクリアした、アメリカ製の熊よけスプレー(カウンターアソールト、フロンティアーズマン、UDAP、ガードアラスカなど)を使用することを前提として考察します。(熊よけスプレーの詳細や選び方については「失敗しないクマよけスプレーの選び方!」を読んでみて下さい。)



1 ホルスター(ホルダー)の使用~直ちに取り出せる事

言うまでもありませんが、熊よけスプレーは、ザックにしまっておくと、熊との突然の遭遇には対応できません。

行動中は、常時、スプレーを直ちに取り出せる位置に携帯しなければならず、そのためには、スプレーを収納するホルスター(ホルダー)が必要になります。

ホルスターの装着位置は、ザックのショルダーベルトや、ウエストベルトなど人それぞれですが、歩行の邪魔にならず、かつ、取り出しやすい位置に装着することが必須になります。(熊よけスプレーのホルスターや装着位置について詳しくは「熊よけスプレー~ホルダーと取付位置は?」を読んでみて下さい。)

2 熊よけスプレーの構え方

熊よけスプレーは、最大噴射距離が10m前後のものが多いのですが、メーカーの公表値は無風の室内で実験した最大値の場合が多く、屋外で使用した場合、風や草木などの影響を受けて、実際には公表値の半分程度かそれ以下になる場合が考えられます。

また、スプレーは、噴射後、弾丸のように直ちに目標物に到達するのではなく、メーカーによって差があるものの、概ね次のように、徐々にスピードを弱めながら前進していきます。

・3m付近に到達するまで約0.3秒
・4~5m付近に到達するまで約1秒
・6~8m付近に到達するまで約2秒

(※米省庁間グリズリーベア委員会とモンタナ州ミズーラ技術開発センターが実施した米国4大メーカーの熊よけスプレー噴射実験による数値)

このようなことから、スプレーは少しでも遠くへ、かつ、少しでも早く目標に到達させる必要があり、そのためには、噴射の際、足は半歩から一歩程度前に出し、スプレーを握った手は前に真っすぐ突き出すような構え方が有利だと言えます。

スプレーの構え方の基本姿勢。片手の例。

スプレーの構え方の基本姿勢。両手の例。

このような構え方をすることで、棒立ち状態、かつ胸元で噴射した場合に比べ、スプレーの到達距離は50cm~1m程度伸び、目標への到達時間も若干短くなると考えられます。

同様の構え方は、熊の研究者、前田菜穂子氏の著書「よいクマわるいクマ(北海道新聞社)」の中でも紹介されています。

スプレー噴射の様子。出典:よいクマわるいクマ(北海道新聞社)

スプレーの握り方は、片手、両手、どちらでも良く、足についても、右足が前、左足が前、どちらでも良いと思います。

その場に応じた、一番安定する握り方、足のスタンスを選べば良いと思います。

実際に噴射を行う場面では、熊の動きや位置関係、風や周囲の障害物、他のメンバーの動きなどによって、様々な状況が想定され、必ずしも練習どおりには行かないと思いますが、一番大切なことは、どのような状況でも、噴射の必要がある時に確実に噴射が出来るということですので、「ホルスターからの取り出し→安全装置(安全クリップ)の解除→照準→噴射」までの動作がスムーズに出来ようになるまで、繰り返し練習する必要があります。



3 熊よけスプレーの安全管理

熊よけスプレーの主成分は、対人用催涙スプレーと同じ(トウガラシ成分)ですが、対人用催涙スプレーに比べ、濃度が高く設定されており、人が浴びた場合、一時的に行動不能になるほどの威力があります。

そのため、熊よけスプレーを取り扱う場合は、誤射などの事故を防止するため、一定の安全管理が必要になると思います。

安全管理については、以下のような事項が想定されると思います。

①熊よけスプレーを使用しない場合は、安全クリップをかけ、ホルスターに収めておくか、安全な場所に保管する。
②熊よけスプレーをホルスターから抜き、安全クリップを外した場合で、スプレーの噴射までに時間的な余裕がある場合や、練習時などは、発射レバーの下に親指を置き、誤射を防止する。
③熊よけスプレーをホルスターから抜いた場合、やむを得ない場合を除き、スプレーの噴射口は人がいる方向には向けず、常に安全な方向に向ける。
④熊よけスプレーを使用する場合は、予め風の向きを把握しておき、やむを得ない場合を除き、なるべく自分が風下側にならないような配置をとる。
⑤熊よけスプレーをホルスターから抜いたり、噴射する場合は、なるべくその旨を周囲に知らせるようにする。
⑥熊よけスプレーを噴射した場合、スプレーの成分がスプレー本体や手、衣類などに付着する可能性があるので(噴射中に液だれをする場合がある)、噴射後は、不用意に手などで顔面や露出部分に触れないよう注意すると共に、噴射後のスプレーの取り扱いに注意する。
⑦移動中の車内では、誤射や破損を防止するため、熊よけスプレーは専用コンテナに入れるなど(専用コンテナがない場合は、ザックの中に入れておくなど)、適切な方法で保管する。
⑧熊よけスプレーは、高温となる場所(火の近くや自動車内など)に放置しない。

 

①に関して、ほとんどの熊よけスプレーは、出荷時に安全クリップが外れないよう結束バンドで固定されていますので、結束バンドは必ず切っておきます。

矢印の黄色い部分が結束バンド。この部分は切っておく。

②に関して、熊の気配を感じ、念のためにホルスターからスプレーを抜いておく場合などがあると思いますが、スプレーをホルスターから抜いた場合、実際に噴射するかどうかにかかわらず、突然の遭遇に備え、安全クリップは外しておいた方が良いと思います。

クマよけスプレーのカウンターアソールト

安全クリップは片手で外せるように設計されている。

クマよけスプレーのカウンターアソールト

人差し指をハンドルの穴に通し、親指で安全クリップを真っすぐ後ろに引く。

クマよけスプレーのカウンターアソールト

安全クリップを外した状況。安全クリップを戻す時は、誤射しないよう注意しながら、安全クリップを発射レバーにかけ、パチンと音がするまで親指で安全クリップの後端をしっかりと押す。発射レバーと安全クリップの間に隙間ができないようにする。

実際に噴射するかどうかわからない場合や、噴射までに時間的な余裕が十分にある場合は、誤射防止のため、発射レバーの下側に親指を置いておけば、誤ってレバーを押し下げてしまうことを防ぐことができます。アメリカ製の熊よけスプレーの発射レバーや安全クリップの形状は、どれもほぼ同じです。

発射レバーに指を掛けた状態。いつでも噴射が可能。

誤射防止のため、発射レバーの下に指を置いた状態。

③に関して、やむを得ない場合とは、仲間が熊に襲われている場合などに噴射すると、スプレーが人にかかってしまいますが、熊の撃退を優先して、噴射する場合が考えられます。

④に関し、人がスプレーを少量でも浴びれば、一時的に行動不能になるほどのダメージを受けますので、噴射したスプレーが跳ね返って来ないよう、なるべく風下にならないような位置取りをするのがベターですが、場所によっては風上への移動が困難な場合も考えられます。

風上への移動が困難な場合で、熊の接近が止まらない場合は、自分が風下であっても、顔を覆うなどして、なるべくスプレーを浴びないようにしながら噴射をする場合が考えられます。(熊よけスプレーを浴びた場合のダメージについて詳しくは「実験!期限切れ熊よけスプレーは使えるのか?」を読んでみて下さい。)

⑤に関して、スプレーの使用に関しての情報は、事故防止のため、メンバーと共有しておいた方が良いと思います。

⑥に関して、この問題はどうしようもないのですが、襲撃の危険が完全に去った後に、汚染されたスプレー缶、衣服などは、適切に処置する必要があります。

⑦に関して、アメリカの安全基準を満たした専用コンテナはありますが、現在のところ、カウンターアソールトの輸入代理店アウトバック社などでしか取り扱っていません。

⑧に関して、アメリカで自動車内に放置された熊よけスプレーが、高温になった車内で破裂し、フロントガラスが吹き飛んだ事例があります。



4 照準と発射のタイミング~熊の攻撃方法に即した撃ち方とは?

熊よけスプレーの噴射方法は、熊が4~5mに近づいたら、熊の顔面に向けて噴射するというのが一般的です。

ですが、熊に関する文献や、スプレーの各メーカーによる説明、熊よけスプレー大国であるアメリカ国内での事情などを見ていると、スプレーの使用に関しては、通り一遍ではなく、様々な戦術思想が存在しています。

これについては、どの戦術が合っていてどの戦術が間違っているということではなく、熊の接近方法、風の強さや風の向きなどの条件によって、適切な噴射のタイミング、照準場所、噴射量などが変わると思いますので、その時々の状況に合わせて一番適切な方法を採用するというのが、合理的ではないかと思います。

熊がゆっくりと接近する場合

ほとんどの熊は、人を見ると逃げていきますが、稀に人を見てよろよろと近づいてくる個体があります。

このように、ゆっくりと近づく熊に対しては、スプレーが確実に届く範囲(条件にもよるが一般的には4m前後とされる)に入ったら、熊の顔面を狙ってスプレーを噴射するというのがひとつの方法です。

噴射時間や噴射回数については、諸説あり、ヒグマを放牧しているサホロリゾートベアマウンテン展示室の説明では、一気に全量噴射すると説明されていますが、米国製熊よけスプレー、カウンターアソールトの説明では初回は1~2秒、同じくフロンティアーズマンの説明では初回は3秒となっており、再度噴射する場合は、必要に応じて狙いを修正するとなっています。

前述のとおり、米国で行われた実験では、熊よけスプレーは、1秒程度で4~5m、2秒程度で6~8m飛びますので、初回は1~2秒、または3秒噴射というのは妥当な数字だと思いますが、風によっては、これより長く噴射しないと熊に届かないことも考えられます。

最初の噴射で熊に当たらなかったり、熊が逃げなかった場合は、狙いを修正するなどして再度噴射し、熊が反転して逃げるまで噴射を続ける必要があると思います。

カウンターアソールトやフロンティアーズマンのように、熊に対して複数回噴射するというやり方は、日本の研究者、岩井基樹氏の著書「熊のことは熊に訊け(つり人社)」の中でも似たような方法が紹介されています。

著書では「二段吹き」と呼んでおり、1回目の噴射は、熊が5~7m(風によって条件は変わる)に接近した時に、熊に向けてほんの一瞬、威嚇のための噴射を行います。

これで警戒心を持って、接近をやめる熊が少なくないと言います。

2回目の噴射は、熊が3mに近づいた時に、攻撃のための噴射を行うというものです。

どの戦術を取るのかについては、状況に応じて撃退率が一番高そうなものを選択するということになると思いますが、全量噴射の場合ですと、一度に大量のスプレーを熊に浴びせることができる反面、一気にガス欠になりますので、狙いが外れた場合、他に手立てがない状態にもなり得ます。

複数回噴射する場合は、ゆっくりの接近が、途中から突進に切り替わった時に、間に合わない可能性も考えられると思います。

熊が突進して来る場合

熊と近距離で遭遇した場合、熊が突進して来る場合がありますが、突進には、威嚇突進(ブラフチャージ、はったり突進)と攻撃突進(リアルチャージ)の二種類があり、ほとんどの場合は、ブラフチャージだとされています。

ブラフチャージは、数メートル程度の短い距離を突進し、地面を叩くなどの威嚇を繰り返します。

しかし、ブラフチャージがリアルチャージに移行したり、遭遇時に、いきなりリアルチャージを受ける場合もあります。

熊がリアルチャージして来る場合の対処法としては、ゆっくり接近して来る時と同じく、熊よけスプレーが確実に届く範囲(条件にもよるが一般的には4m前後とされる)に入ったら、熊の顔面を狙ってスプレーを噴射するというのがひとつの方法ですが、熊が突進を始めた時点で、それがブラフなのかリアルなのかを判断するのは難しく、また、熊の突進スピードは最高で時速50km(毎秒約13.8m)に達しますので、スプレーが確実に届く距離まで引き付けてから、熊よけスプレーを噴射しようとすると、場合によっては、噴射の動作が追いつかず、突進を止められない可能性が考えられます。

このような場合の考え方として、熊の専門家で、アメリカ全土で熊による人身事故事故防止の啓蒙活動を展開している、非営利団体 BE BEAR AWERE CAMPAIGN(ビーベアーアウェアーキャンペーン)を立ち上げた、チャック・バートルボー氏は、突進する熊は、ほとんどの場合、2秒程度で人を襲うとし、その対応策として次のように説明しています。

・熊が60フィート(約18m)から突進して来た場合、直ちに前方30フィート(約9m)付近に向けて熊よけスプレーをやや下向きに噴射し、自分と熊との間にスプレーの霧の幕を作る。熊は30フィート(約9m)付近でこの霧の幕に出会うことになる。熊が突進の進路を変えた場合はその方向にスプレーの向きを変える。スプレーは熊が突進をやめるまで続ける。
・熊が30フィート(約9m)から突進して来た場合、直ちに熊の正面に向けて熊よけスプレーをやや下向きに噴射し、自分と熊との間にスプレーの霧の幕を作る。熊は15フィート(約4.5m)付近でこの霧の幕に出会うことになる。スプレーは熊が突進をやめるまで続ける。
・熊が15フィート(約4.5m)から突進して来た場合、直ちにスプレーを噴射する。可能であればスプレーは熊の顔面を狙う。

ポイントは、熊が突進して来る場合、熊に直接スプレーを浴びせられる距離に入ってからスプレーを開始したのでは間に合わないので、突進する熊との距離が9m~18mの場合は、直ちにスプレーを開始して、人と熊との間にスプレーのバリアを作ることと、至近距離からの突進に対しては、スプレーのバリアを作る暇がないので、とにかくスプレーを噴射する(可能であれば熊の顔面を狙う)というところです。

また、熊よけスプレー「UDAP」の取説にも同様の事が書かれており、突進する熊は2~3秒で人に達してしまうので、熊との距離が40フィート(約12m)の時にスプレーを噴射する必要があるとしています。(UDAPの最大噴射距離は9~10m程度です)

これら、突進する熊に対するスプレーの使用法については、熊との距離、突進スピード、スプレーの噴射速度と到達距離、風の影響などの要素で、噴射のタイミングが決まると思いますが、毎秒13.8mで走ることのできる熊が本気を出せば、10~20mの距離から突進して来た場合、計算上は1~2秒で人を襲うことができ、(突進する熊に人が襲撃された動画などを見ても、人に飛びつくまで概ね2~3秒程度という事例を複数見ます。)熊よけスプレーは前述のとおり、3m付近までは約0.3秒で届きますが、4~5m付近に到達するまで約1秒、6~8m付近に到達するまで約2秒もかかります。

これらを考えると、例えば18m付近から突進された場合、熊が突進を始めると同時にスプレーを噴射したとして、1秒後ですと、熊は10m以内にいる可能性があり、条件が良ければ、スプレーは4~5m付近まで達していますので、この付近で熊を捉えるイメージが現実的なのではないかと思います。

以上のように、熊が突進して来た場合の対処法は、「スプレーが確実に届く範囲に入ってから噴射をする」「スプレーが確実に届く範囲に入る前に噴射をして、スプレーのバリアを作る」などの考え方がありますが、噴射のタイミングについては、風の影響が少なく、噴射距離が確保できる場合などは、スプレーが確実に届く範囲に入る前に噴射を開始した方が有利だと思いますし、風が強く、噴射距離が確保できない場合などは、ある程度引き付けてから噴射を開始した方が有利なのではないかと思います。

熊に馬乗りされた場合

スプレーの噴射が間に合わなかった、あるいはスプレーしたが熊に当たらなかったなどで、熊に襲われ馬乗りにされる場合があります。

この場合、直ちに防御姿勢(うつ伏せになり、手で後頭部を守る)を取り、致命傷となる頭部や腹部などを守る、あるいは、ナタなどの武器があれば反撃を試みるなどが知られています。

一般的な防御姿勢。出典:サホロリゾートベアマウンテン展示室

前述のC・バートルボー氏の説明では、熊よけスプレーを持っている場合は、防御姿勢を取ることのみならず、防御姿勢のまま後方などにスプレーを噴射して熊の撃退を試みる、熊に転がされても、再び防御姿勢に戻るとしています。

熊よけスプレー所持時は防御姿勢+スプレーを噴射。

このように、熊よけスプレーは、どのような姿勢でも噴射が可能ですので、例え馬乗りにされても、残量があるうちは有効に活用すべきという点は頭に入れておく必要があると思います。

チャック・バートルボー氏によるデモンストレーションの様子。出典: BE BEAR AWERE CAMPAIGN hp

 

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仲間が熊に襲われている場合

こちらもC・バートルボー氏の出典になりますが、仲間が熊に襲われている場合で、熊よけスプレーを持っている場合は、仲間にスプレーがかかってしまいますが、人命を優先して、熊に向かってスプレーを噴射し、撃退を試みるとしています。

スプレーを自分や仲間に浴びせてしまうと、一時的に行動不能になるほどのダメージを受けることになりますので、通常は人のいる方向にスプレーは噴射しませんが、このように人命を優先してスプレーを人に向ける場合も想定しておかなければなりません。

照準の位置、どこを狙うか

熊よけスプレーは、熊の顔面に当たるよう噴射しなければなりませんが、そのための照準の仕方について考えておく必要があります。

まずは、熊よけスプレーを噴射した時の霧の形状について知っておく必要があります。

次の3枚の画像は、前述の米省庁間グリズリーベア委員会(IGBC)とモンタナ州ミズーラ技術開発センター(MTDC)が実施した米国4大メーカーの熊よけスプレーの噴射実験の様子で、IGBCのサマーミーティングでUDAP社が発表したプレゼン用資料からの抜粋です。(出典:A presentation by UDAP Industries,inc. and Crowley Fleck PLLP )

上から順に「カウンターアソールトCA230」「カウンターアソールトCA290」「UDAP 7.9オンス(225g)」「フロンティアーズマン(グレード不明)」「ガードアラスカ9オンス(255g)」の5種類の米国製熊よけスプレー(すべて米国環境保護庁登録品)について、噴射後のスプレーの広がりの様子(0.268秒後、0.836秒後、2.1秒後)が撮影されています。

資料には、詳しい数字による説明はありませんでしたが、0.836秒後のUDAPの噴射距離について、18フィート(約5.5m)との説明がありましたので、これを基準に画像からわかる範囲でその他の到達範囲を計測しました。

噴射0.268秒後

噴射0.836秒後

噴射2.1秒後

左:CA230、右CA290(ストロンガー)

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実験結果のまとめ。

熊よけスプレーは、噴射直後は速く、徐々にスピードを緩めながら、概ね円すい状に広がっていきます。

至近距離から熊の顔面を狙う時は、照準を直接顔面に向ければ良いのですが、画像からもわかるとおり、4~5m付近の熊を狙う場合、霧の直径は1.1~1.4m程度になりますので、肩の高さから水平に噴射すると、地面付近にやや死角ができ、体高の低い熊ですと、場合によってはスプレーが顔面に当たらないか、当たっても霧の薄い部分になる可能性があります。

熊が人を襲う場合、興奮して至近距離で立ち上がることもありますが、ほとんどの場合、四つん這いで接近しますので、四つん這いの時の高さである、体高(前足の地面から肩の盛り上がりまでの高さ)を把握しておく必要があります。

体高は体長(鼻先から尾の付け根までの長さ)の平均42%程度とされ、平均的な体高は以下のとおりです。

・ヒグマの平均体高 雄100cm 雌70cm
・ツキノワグマの平均体高 60cm

ヒグマについては、体高150cmほどの個体もおりますが、これは体長が3mに近い超巨大サイズの雄グマであり、人身事故を起こすことの多いヒグマは、若グマや子連れの雌グマで、両者の体高は70cm前後です。

以上のことから、ほとんどの場合、熊は人の目線よりも低い位置にいることになりますので、熊にスプレーを噴射する場合は、至近距離で熊の顔面を直接狙う場合を除き、基本的にスプレーはやや下向きに照準し、地面から熊の頭部までの範囲を確実にカバーできるようなイメージで噴射するのが理想的です。

前述のC・バートルボー氏による、突進してくる熊の対処法についても、スプレーはやや下向きに噴射すると説明されております。

しっかり構えていても、照準は知らずに上を向いていることがありますが、スプレーが上向きだと熊に当たらない可能性があります。

近づく熊にスプレーする場合、やや下向きにスプレーする。出典:マウンテンジャーナル hp

スプレーの照準がどこを向いているのかを知るには、スプレー缶の傾きを見ればわかり、缶がやや前方に傾斜していれば照準はやや下向きであることがわかります。

缶がやや前傾していれば照準は下向きである。

缶が後傾し、照準が上向きである。しっかり構えていても、手首の角度次第で照準は上を向いてしまう。

練習をする場合は、照準についても合わせて行っていく必要があります。



横風がある場合の照準修正

熊よけスプレーを噴射する場合、実際には風の影響を受けて狙いどおりにスプレーが飛ばないことを想定しておかなければなりません。

スプレーが真っすぐに飛ぶのは、無風か、風が真後ろか、真正面の場合に限りますので、風がある場合のほどんどは横風の影響を受け、スプレーは左右どちらかに流されます。

横風を受けると、スプレーは風下側へ弧を描いて飛び、狙った場所にスプレーは当たりませんので、まずは、少しでも風上側になるような位置に移動してから噴射を試みるのがベターですが、その余裕がない場合や、登山道など場所が狭く、移動できない場合もあると思います。

そのような場合は、風上側に狙いを変え、スプレーの弧の先端が目標に当たるよう修正します。

風上側に狙いを修正してスプレーを熊に当てるイメージ。

スプレーに対する風の影響を検証したい場合は、トウガラシ成分の入っていない、練習用の熊よけスプレーが便利です。

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風が正面(向かい風)の場合

安全管理の項目でも述べましたが、熊よけスプレーを風下側から噴射すると自分が浴びることになり、浴びた量によってはかなりのダメージを受けることになりますが、風上側に移動できない場合は、スプレーを浴びるのを覚悟して噴射しなければならないこともあると思います。

向かい風でスプレーを噴射しなければならない場合は、顔面を覆う、息を止めるなどして、なるべくスプレーを浴びないようにします。

スプレーは少量でも顔に浴びると、焼けるような痛みと咳き込みで、約5分間はその場から動くことができなくなります。

顔面を水で洗ったとしても、平常回復までには最短で40分程度はかかります。

まとめ

熊よけスプレーは、取り扱いの練習をしていなければ、いざという時に効果を発揮できない可能性があります。

緊張状態においては、スプレーをホルスターからスムーズに取り出せない、安全クリップが外れない、狙いを外してしまうなどのトラブルが発生する可能性があります。

基本的に練習やイメージトレーニングをしていない動作は、本番では出てきません。

まずは、ホルスターからの取り出し、安全クリップの解除、照準までの動作を反復練習した上で、様々な状況を想定して、熊の襲撃に備えておくことが大切だと思います。






プロフィール

フリーランサー。元船員(航海士)
学生時代に山岳部チーフリーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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