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元山岳部部長の登山講座

緊急!ヒグマが登山者を襲撃~カムイエクウチカウシ山

今年7月にカムイエクウチカウシ山八の沢カール付近で、ヒグマによる事故が連続して発生し、登山者2名が頭を咬まれるなどの怪我を負いました。

通常ヒグマは人を恐れていますので、ヒグマが登山者に近づくことはありませんが、今回発生した事故の加害グマは、クマの方から人に近づいた可能性があります

カムエクでは、49年前の昭和45年(1970年)7月に八の沢カール周辺において、大学生3名がヒグマに襲われ死亡するという、日本登山史上最悪のヒグマ事故が発生しています。(この事故の詳細については「過去の遭難に学ぶ-カムエク八の沢カールヒグマ襲撃事件」を読んでみて下さい。)

対応を誤ると、49年前と同様の事故に発展しかねません。

今回は、7月11日と7月29日に発生した、ヒグマ事故について報道や、自治体の関係者から電話で収集した情報をもとに事故を分析してみます。




事故の概要

1回目(7月11日)のヒグマ事故

神戸市の男性登山者(65歳)は単独で入山。

7月11日、八の沢カールに設営したテントを出発し、10分ほど歩いた午前4時40分ころ、カール斜面の登山道において、体長1.5mほどの若グマと遭遇、クマとの距離は約20mであった。

男性は持っていたストックを振って追い払おうとしたが、クマは男性めがけて突進してきた。

男性は突進するクマをかわそうとしたが、すれ違いざまに右腕を引っかかれ軽症を負った。

怪我の状況 出典:UHBニュース

クマは再び男性に向かって来ようとしたが、男性が笛を吹いたところ、クマは立ち去った。

男性は登山を続行し、同日夕方自力下山し、中札内村役場に通報した。

 

2回目(7月29日)のヒグマ事故

札幌市の男性登山者(47歳、会社員)は7月28日単独で入山、八の沢カールで幕営した。

八の沢カール 出典:HBCニュース

翌7月29日午前3時過ぎ、テントを片付け出発準備をしていたところ、後ろからやって来たヒグマ(若グマ)に突然襲われ、頭部、背中、肩、太腿などを咬まれ負傷した。

男性は携帯電話で家族や警察に連絡し、自力下山できない旨通報した。

ヘリから搬送される様子 出典:HBCニュース

男性は同日ヘリで救助され、札幌市内の病院に搬送されたが命に別条はないとのこと。

 

事故があった場所

八の沢カール(稜線から見下ろす)

カムエクを目指す場合、八の沢出合、または八の沢カールでテント泊し、翌日山頂をアタックして下山するというのが通常のスタイルです。

カムイエクウチカウシ山 登山ルート

報道によれば、事故現場について、1回目の事故は「八の沢カール上部」、2回目の事故は「頂上付近」などと表現されています。

日高山脈山岳センターに問い合わせたところ、1回目の事故は「八の沢カールから(山頂方向へ)出発して10分くらいの所」、2回目の事故は「八の沢カール」で発生したとのことでした。

下の図は事故現場付近の拡大図です。

1回目の事故が八の沢カールを出発して約10分だとすると、おおむね1580m付近であったと推測できます。

2回目の事故はテン場で発生しているのでカール中央付近(1540m)だと思われます。

八の沢カールの事故現場

八の沢カールは平坦な草原で、中央付近には小さな沢が流れている良好なテン場です。

2回目の事故現場付近。八の沢カールのテン場 H30.9月撮影

1回目の事故現場付近。カールから約10分くらいの斜面 H30.9月撮影

カールの斜面に残されたクマの掘り返し跡 H30.9月撮影

この場所はヒグマにとっても快適で良好な餌場となっており、カールの斜面では、ヒグマが植物を食べている姿が時折見られます。

なお、これらの場所は49年前に発生したヒグマによる死亡事故とほぼ同一の場所です。



武器で応戦?被害者がとった行動は

1回目の事故の場合

報道によれば、1回目の被害者はクマと遭遇した時(距離約20m)、ストックを振りまわしてクマを追い払おうとしたとあります。

これについて、クマにはどう映ったのでしょうか。

ヒグマと遭遇した時は、その距離によって対処は違ってきます。

1回目の事故の場合、「距離約20m」だったとのことですが、20mでバッタリ遭遇した場合のマニュアルとしては、

  • 走ったり、大声でわめくとクマがびっくりして攻撃を誘発する可能性があるので、次のような行動をとる。
  • クマが、ひょっこり出てきた、または立ちあがった時は、あわてず、手をゆっくり振りながら話しかけ、クマとの間に立ち木などの障害物がくるよう、静かに移動する。
  • クマよけスプレーの準備をする。(クマが鼻をヒクヒクするのは相手を確認するためである。)
  • クマが人間を無視している時は、クマから目を離さず、ゆっくりその場を離れる。(クマをにらみつけない)
  • それでも、クマが立ち去らない場合は、付近に小グマの存在やシカの死体などがあって、立ち去れない理由があるのか冷静に観察し、ゆっくりとその場を離れる。この時、急な動きをするとクマを興奮させるので避ける。

このようになっています。(ヒグマと遭遇した時の対処法について詳しくは「最新ヒグマ対策のまとめ~対処法を知って楽しい登山」を読んでみて下さい。)

ポイントは遭遇した距離が近い場合はクマを刺激しないというところです。

ストックの振りまわしの是非については、その現場にいなかった者がどうこう言うことはできませんが、マニュアルに照らし合わせれば、クマの攻撃を誘発した可能性はあったのかも知れません。

しかし、この加害グマが人の食料目当てなど、人を恐れない特殊な個体であって、攻撃を避けられないような状況では、ナタなどの武器を使用して毅然と戦うといった姿勢も必要になってくるでしょう。

2回目の事故の場合

報道によれば、出発準備中に突然襲われたとあります。

被害者は背中を負傷しているということから、背後から攻撃された可能性があります。

これについて、日高山脈山岳センターに問い合わせたところ、「テントを片付けている時に、後ろからいきなり襲われた」とのことでした。

ヒグマと遭遇した場合に絶対にやってはいけないことに「背を向けて逃げる」ということがありますが、この事故では背を向けて逃げるといった状況はなかったようです。

また、2回目の被害者が武器やスプレーなどで応戦したかについて問い合わせたところ、「応戦はしなかったようです」とのことでした。

 

加害グマは若グマで同一個体の可能性あり

1回目の事故の加害グマは体長1.5mとのことですので、2,3歳の若グマであったと思われます。

2回目の事故の加害グマについても成獣ではなく若グマだったようです。

加害グマの同一性について、日高山脈山岳センター職員の話しでは「同一個体」の可能性があるとのことでした。

49年前の死亡事故の加害グマも3歳の若グマであり、人の食料目当てに3日間にわたり執拗に登山者を追い回し、3名を殺害しています。

体長1.5mの若グマというと、ヒグマとしては小さく感じるかもしれませんが、人を襲い殺傷する力は十分にあります。

49年前に3名を殺害したヒグマの剝製 (日高山脈山岳センター)

 

筆者は昨年9月にカムエクを訪れていますが、この時、八の沢カール上部の稜線上で若グマ1頭と遭遇、さらにカムエク本峰の南側斜面で子連れのクマを目撃しています。

本峰南側斜面にいた親子グマ H30.9月撮影

この付近では昨年から若グマや子連れグマが活発に動いている様子がうかがえます。

 

事故当時の気象は?ヒグマは暑さに弱く、寒いと元気

ヒグマは暑さに弱いので、暑い日には活発には活動せずじっとしています。

筆者が以前訪れた、サホロリゾートベアーマウンテンの職員の説明によると、ヒグマは気温15℃以下にならないと活発に動かないそうです。

一般的に朝晩やガスの濃い日などはヒグマと出くわす可能性があると言われていますが、これらはヒグマが暑さに弱く、寒い時には活発になるということの裏付けです。

1回目の事故も2回目の事故も早朝に発生していますが、アメダスで当時の事故現場の気象を調べてみることにします。

アメダスは事故現場に近い上札内(標高251m)のデータを使用しました。

1回目の事故があった7月11日の午前5時と、2回目の事故があった7月29日の午前3時の気象は以下のとおりです。

  • 7/11午前5時 南南東の風2.5m/s 気温10.8℃
  • 7/29午前3時 北北西の風1.6m/s 気温18.6℃

気温は標高が100m上がれば約0.5℃下がりますので、1回目の事故現場(1580m付近)では、「4℃程度」、2回目の事故現場(1540m付近)では、「12℃程度」であったと推測されます。

両事故ともにヒグマが活発になる15℃以下で発生していることがわかります。



加害グマが人に近づき襲撃した目的は?

ヒグマが人を襲う原因は3つあると言われています。

  • 1 食害~人を食べる目的で襲う
  • 2 排除~人が所持している食べ物などを入手する、クマの所有物を人が所持している、猟師に対する反撃、不意 に出会った時の先制攻撃などで人を排除するために襲う
  • 3 戯れ・苛立ち~人を戯れの対象とする、苛立っているなどで襲う

1回目の事故では、バッタリ遭遇の直後、突進して人に攻撃を加えていますので、人を排除(不意に出会った時の先制攻撃)した可能性が考えられます。

しかし、2回目の事故では、クマがテントに近づき、いきなり人に攻撃を加えています。

危険なポイントは2回目の事故にあります。

八の沢カールでは夏山シーズンは1張り~数張り程度のテン泊者がいることは珍しくありませんが、ヒグマがテン場付近をうろつくことはほぼありません。

ヒグマを見かけたとしても、テン場から数百m離れたカールの斜面などです。

通常のヒグマは人を恐れていますので、テントに自ら近づくことはありませんが、2回目の事故では自分から近づき人を攻撃しています。

このクマの行動が、人を排除人が所持している食べ物などを入手する)だったとすると、このクマは人間の食料の味をどこかで覚えてしまい(残飯など)、「テント=人がいる=食料がある」といった関連付けをしてしまった可能性があります。

こういった関連付けができてしまったクマは、人を恐れるクマに戻ることはなく、同様の行動を繰り返すというのが定説です。

1回目の事故と2回目の事故の加害グマは同一の可能性があるとの見方がありますが、このクマが人の食料の味を覚えたクマだとすれば、1回目の事故の時の行動は、バッタリ遭遇による先制攻撃ではなく、人がいるのを分かっていて近づいた可能性も考えられます。

だとすれば、これは大変恐ろしいことで、今後も同様の事故が発生することは必至で、エスカレートする可能性も十分考えられます。

日高山脈山岳センターの話では、2回目の事故の時、クマが登山者の食料をあさったかどうかは確認がとれていないとのことでしたが、もしそのような事実があったとすれば、49年前の事故と同様の状況が発生するかも知れません。警戒が必要です。

 

警察、自治体などが入山自粛を呼びかけ中!今後の対応と自粛解除の見通しは?

警察では札内川ヒュッテの前にある「ヒュッテゲート」に立入禁止の黄色テープを張り、カムエクへの登山の自粛を求めるとともに、カムエク上空からヘリで注意を呼びかけています。

ヒュッテゲートの様子 出典:UHBニュース

また、ハンターを動員して状況確認しているとのことです。

日高山脈山岳センターに今後の対策や見通しについて問い合わせたところ、警察主導でこれから本格的に動いていくらしいとのことでしたが、入山自粛の解除の見通しについては、49年前の事故の記憶もあることから、慎重に対応していくだろうとのことでした。

※追記:北海道、森林管理局、警察、中札内村では当初「登山自粛をお願い・・」という表現をしていましたが、8月2日に道警ヘリが現場近くでヒグマを目撃したことから、8月8日現在「登山自粛を強くお願い」に変更されています。

札内川ヒュッテの入林届BOX(R1.8.13撮影)

消防もカウンターアソールト

ニュース映像には事故に対応する消防職員のそばに業界では有名な熊よけスプレー「カウンターアソールト」が映し出されていました。

赤い本体が特徴で、北海道警察でも洞爺湖サミット時の山林警戒の際に使用しています。

やはり、ヒグマ対策には熊よけスプレーなのでしょう。

北海道の山を歩く登山者で熊よけスプレーを携帯している人は稀ですが、その有効性は実証されていますので、大雪山や知床連峰、日高山脈などヒグマの多い山域を歩く場合は積極的に携帯したいものです。

今回の被害者(1回目の事故)の方も本州からの登山者とのことで、飛行機にスプレーを持ち込めない、スプレーを宿泊先まで宅配してくれる業者が少ないなどの状況はあると思いますが、もし、熊よけスプレーを携帯していれば怪我をせずに済んだ可能性はあったのではないかと思います。

OUTBACK 熊撃退スプレー カウンターアソールト・ストロンガー 携帯ホルスターセット

49年前の事故の教訓を生かせ

カムイエクウチカウシ山八の沢カールでは49年前の昭和45年(1970年)に福岡大ワンダーフォーゲル部員3名がヒグマの襲撃によって犠牲になっています。

この事故では、人の食料の味を覚えたヒグマが部員のザックをあさりましたが、そのザックを部員が取り返したことが原因で、執拗にヒグマに追い回され、2名が生還、3名が犠牲になったものです。

なお、このヒグマは同じ山域にいた別のパーティーも襲っています。

また、あまり知られていませんが、この事故が発生する前月にカムエクでは登山者1名が行方不明になっていて、福岡大の時と同じ個体によって被害にあったのではないかとも言われています。

人を恐れなくなったヒグマほど怖いものはなく、人の食べ物の味を覚えたクマの執着心は異常なものがあります。

今年中に入山自粛が解除になったとしても、加害グマが捕獲されない限り、来シーズン以降も同様の被害が発生する可能性は残されます。

福岡大の事故以来、北海道で登山者がヒグマに襲われ死亡した例はありませんが、被害が拡大しないよう、登山者は過去の事故の教訓を生かして慎重に行動すべきだと思います。



プロフィール

フリーライター。元船員。
学生時代に山岳部リーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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