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元山岳部部長の登山講座

興梠メモ(全文)~カムエク福岡大ヒグマ襲撃事件




昭和45年(1970年)7月25日~27日、日高山脈カムイエクウチカウシ山で発生したヒグマ襲撃事件で犠牲となった福岡大学ワンダーフォーゲル同好会メンバーの興梠(こおろぎ)盛男氏(当時大学2年)が残した手記の全文です。

この事故では、5名の部員が3日間に渡ってヒグマに追い廻された末に、3名が犠牲となりましたが、この事故が教訓となって、ヒグマの習性や対処法などが広く一般に知られるようになりました。

この事件以降、現在まで50年間、登山者のヒグマによる死亡事故は発生していません。

非常に悲惨な遭難事故ですが、事故の記憶を風化させず、登山者への教訓と山岳遭難事故防止の観点から全文を掲載することにします。(この事故の詳細については「過去の遭難に学ぶ-カムエク八の沢カールヒグマ襲撃事件」を読んでみて下さい。)

 

興梠メモ全文

クマはまず1つのキスをはこび出し、テントから10m下のしげみの横でむさぼりだす。(注 キス~キスリング、登山用大型リュックサックのこと)

昨夜は交代で、徹夜したので一人は上の尾根の縦走路で睡眠をとり、二人で見張る。

5:24 クマが右下5mぐらい、キスをくわえて移動する。

5:30 テントに近づき、たおれたテントをひきかきまわす。

キャンパンのついたキスを持って左下の日影のところに持っていくが、なにもせず、またテントに近づく。

グランドシートの上においていたセイテツパンを食べているようである。

5:40 おそらく竹末さんのキスをもって下方にもっていくが、またそこにおいてテントのところにくる。

興梠のキスを加えて10mぐらい下るが、キスを置いて左へまきながら、姿を消すが、また興梠のキスをくわえて下りだす。30m下の低木地帯の中へ入る。

5:48 再びテントに近づく。興梠のキスは下に置いたまま。

5:50 左の方へ移動する。

左の雪けいの横の岩場に現われる。またかくれる。上に登ってくるようである。

テントから左上方200mのところにくる。3人も上方へ上る。

6:00 小さな雪けいの近くにくる。しばらくして下り始める。

6:07 テントの横にくる。突然ラジオが鳴りだし、クマがあわてて右方向へ走って遠ざかり、カールの尾根横たわる。

6:13 林の中へ姿を消す。行方がわからない。

6:35 尾根に3人とも上る。いまのうちに出来るだけキスを上げることにする。

7:15 縦走路の分岐までキスを3個上げ終わる。

7:30 腰を下ろし3人集まって気分をほぐす。

8:30 いままで快晴であったが少し雲の割合が多くなり心配である。が、3人とも歌などを歌って気配するが、しばらくすると歌もつきて眠る。(注 気配~気晴らし~ではないだろうか)

9:25 目をさます。

9:30 腹がへったので、カンパンを食べる。

9:55 水くみ(20ℓ)と残りのキスとテントを取りに行く。

10:35 尾根に着く。西井のキスがイカレる。

11:30 昼食。

11:45 島根大現在地を通過。(注 島根大~鳥取大)

12:05 竹末さん、滝さんを迎へに沢を下る。

13:30 現地点を会合。

13:45 滝さん帰ってくる。全員無事。

7月26日

17:00 夕食後クマ現われる。

テント脱出 鳥取大WVのところに救助を求めにカムイエク下のカールに下る。

17:30 我々にクマが追いつく。

 河原がやられたようである。オレの5m横、位置は草場のガケを下ってハイ松地帯に入ってから20m下の地点。

 それからオレもやられると思って、ハイ松を横にまく。するとガケの上であったので、ガケの中間点で息をひそめていると、竹末さんが声をからして鳥取大WVに助けを求めた。

 オレの位置からは下の様子は、全々わからなかった。クマの音が聞こえただけである。仕方がないから、今夜はここでしんぼうしようと10~15分ぐらいじっとしていた。竹末さんがなにか大声で言っていたが、全々聞きとれず、クマの位置わからず。

 それから、オレは、テントをのぞいてみると、ガケの方へ2~3ケ所たき火をしていたので、下のテントにかくまってもらおうとガケを下る5分ぐらい下って、下を見ると20mさきに、クマがいた。オレを見つけると、かけ上ってきたので、一目散に逃げ、少しガケの上に登る。まだ追っかけてくるので、30cmぐらいの石を投げる。失敗である。ますますはい上がってくるので、15cmぐらいの石を鼻を目がけて投げる。当った。それからクマは10m上方へ後さがりする。腰を下ろして、オレをにらんでいた。オレはもう食われてしまうと思って、右手の草地の尾根をつたって下まで、一目散に、逃げることを決め逃げる。前、後へと、横へところび、それでも、ふりかえらず、前のテントめがけて、やっとのことでテント(たぶん6テン)の中にかけこむ。しかし、誰もいなかった。しまった、と思ったが、もう手遅れである。中にシュラフが、あったのですぐ一つを取り出し、中に入りこみ、大きな息を調整する。

 もうこのころは、あたりは、暗くなっていた。しばらくすると、なぜか、シュラフに入っていると、安心感がでてきて落着いた。

 それからみんなのことを考えたが、こうなったからには仕方がない。昨夜も寝ていなかったから、このまま寝ることにするが、風の音や、草の音が、いやに気になって眠れない。明日、ここを出て沢を下るが、このまま救助隊を待つか、考える。しかし、どっちをとっていいか、わからいので、鳥取大WVが無事報告して、救助隊をくることを、祈って寝る。

7月27日

 4:00頃目がさめる。外のことが、気になるが、恐ろしいので、8時まで、テントの中にいることにする。テントの中を見まわすと、キャンパンが、あったので中を見ると、御飯があった。これで少しホッとする。上の方は、ガスがかかっているので、少し気持ち悪い。もう5:20である。またクマが出そうな予感がするのでまた、シュラフにもぐり込む。

 ああ、早く博多に帰りたい。

7:00 沢を下ることにする。にぎりめしをつくって、テントの中にあった、シャツやクツ下をかりる。テントを出て見ると、5m上に、やはりクマがいた。とても出られないので、このままテントの中にいる。

3:00頃までーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しかし、--------------------------------------を、通らない。他のメンバーは、もう下山したのか。鳥取大WVは連絡してくれたのか。いつ助けに来るのか。すべて不安で恐ろしい。

またガスが濃くなってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ーーーは判読不明箇所。以上原文のまま)

 

出典:福岡大学ワンダーフォーゲル同好会編 昭和45年度北海道日高山脈夏季合宿遭難報告書




左:CA230、右CA290(ストロンガー)

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プロフィール

フリーランサー。元船員(航海士)
学生時代に山岳部チーフリーダーを経験し、阿寒、知床、大雪を中心に活動。
以来、北海道の山をオールシーズン、単独行にこだわり続け35年。
現在は主に日高山脈をフィールドにしている山オタクのライター。

※他サイトにおいて元山岳部部長を名乗る個人・団体が存在しますが、それらは当サイトとは一切関係ありませんのでご了承ください。



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