11Aug
今や登山をしない人を含め、日本百名山という言葉を知らない人はいないでしょう。
日本百名山のピークハントという登山スタイルが、近年の中高年登山ブームを加速させたわけですが、登山人口の急増と共に、遭難事故も増えました。
今回は日本百名山ブームと山岳遭難の関わりについて分析してみます。
日本百名山に選ばれた山とは
筆者が本格的に登山を始めた昭和60年ころの一般登山者の認識として、日本百名山という本があるということは知っていても、著者が深田久弥だとか、どの山が百名山になっているのか?なんて詳しく知っている人はほとんどいませんでした。
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筆者が日本百名山のことを詳しく知ったのは、高校山岳部の時です。
山岳部には高体連の登山競技大会があって、その中にはペーパー試験があり、日本百名山に関する問題が何回か出題された関係で、日本百名山というものを知りました。
日本百名山がどのような基準で選ばれたのかについて、疑問をいだかない人はいないと思います。
筆者の活動地域(北海道)では九座しか選ばれていませんが、選考から落ちた北海道の山の中には誰もが知る名山はたくさんあります。
選考基準の謎については、当時、山岳関係者から聞いたのですが、深田久弥氏の滞在日数の関係で、色々な山を登ることができなかったという、それだけの理由で日本百名山から漏れた名山がたくさんあるということでした。
当時は山行計画をする際に、その山が日本百名山に選ばれているのかどうかについては、特に気にすることはありませんでしたが、現在では、日本百名山は確実に「人が込み合う山」になりましたので、駐車場やヒュッテ、テン場の確保など一定の配慮が必要になりました。
一方で、日本百名山から漏れた名山の中には未だに登山者が少なく、昔のままひっそりと鎮座している山もあり、このような山は、ゆったりと山歩きを楽しみたいという登山スタイルの者にとっては、貴重な存在になっています。
中高年登山ブームと百名山ブーム~登山の大衆化と登山技術の劣化
昭和の終わりころから、過去に例を見ない中高年登山ブームが起こり、平成になってからは、日本百名山という新たなブームが加わり、中高年登山ブームに拍車をかけました。
このブームの影で、遭難事故も年々増加していったのですが、増加の原因については、単純に登山人口の増加と比例して事故も増加したと考えられます。
しかし、中高年登山ブーム以降、事故の中身は変質してきており、道迷いなどの初歩的なミスによる遭難事故が以前より目立つようになりました。
これについては、登山の基本を身につけてない登山者の割合が増えた結果だと考えられています。
日本百名山ブーム~百名山ピークハンティングという登山スタイル
遭難事故が増えた要因の一つに、百名山ブームの存在も関係ありそうです。
百名山ブームとは、日本百名山や二百名山など、目標とするすべての山を登頂しようとする登山スタイル(百名山ピークハンティング)の流行を示し、そのような登山スタイルの登山者を百名山ハンターなどと呼ぶこともあります。
ピークハンティングは登山スタイルの一つなので、それ自体は何の問題もありません。
問題があるとすれば、一部に登山技術の向上よりも、百名山の登頂ばかりを目指そうとする登山初心者がいるということです。
登山の楽しみ方は人それぞれですので、登山技術の向上を目指さなくてはならないというものではありませんが、日本百名山といっても、初心者が登れるような山から、一定以上の体力や技術がなければ安全に登れない上級者向きの山まであります。
ですので、初心者が日本百名山をすべて登ろうとするのであれば、百名山を登りながら同時に登山技術も上げていくということが必要になってきますが、技術が上がらない状態ですべての百名山を登ろうとすれば、必然的に遭難事故に遭遇する確率は上がってしまうでしょう。
登山技術や必要な知識は、登山回数をこなせば自動的に身に付くというものではなく、ガイドや人の後ろをだたついていくような登山スタイルを続けていたのでは、登山者としてのスキルはなかなかアップしていきません。
実際の遭難事故では、日本百名山の制覇を目前にして初歩的なミスで遭難したケースもあります。
このように、登山技術が向上しないまま、百名山ピークハンティングを目指す一部登山者の存在が、遭難事故を助長しているという見方もあります。
また、百名山ピークハンティングを問題視する意見の中には、百名山を登ることだけを目的とするあまり、気象判断よりもツアーの日程を優先したり、強行スケジュールをこなそうとする一部業者や登山者の存在もあります。
台風や低気圧の接近中に発生した平成11年(1999年)9月の後方羊蹄山、平成14年(2002年)7月と平成21年(2009年)7月のトムラウシ山での遭難死亡事故では、ツアー会社が業務上過失致死で起訴されており、百名山ブームと登山ツアーのあり方が社会問題となりました。
平成14年(2002年)7月に発生したトムラウシの死亡事故では、事故直後、日程に遅れを出させないためか、遭難者の遺体の脇を平然と通過して行く登山者達のモラルの低さも問題視されることもありました。
遭難事故の増加については、中高年登山ブームと百名山ブームによる登山人口の増加や、登山技術の未熟な登山者の増加が主な原因と考えられていますが、技術の未熟な登山者は本当に増えているのでしょうか。
このことについては、具体的に検証する手段はありませんが、山岳遭難統計を調査すると見えてくるものがあります。
全国の山岳遭難の発生件数
まず、警察庁で出している警察白書から全国の山岳遭難の発生件数について社会背景と比較しながら表にまとめてみました。
遭難者数は昭和50年代(1970年代後半)から平成3年(1991年)にかけては、600~800名前後で推移していますが、バブルが崩壊した直後の平成4年(1992年)以降、徐々に増加が始まっています。
これについては、バブル期に賑わっていた海外旅行などのお金がかかる趣味から、アウトドアなどのあまりお金がかからない趣味に人々がシフトしたことにより、登山人口が増えたためと推測されます。
更に、平成6年(1994年)以降は急激に遭難者数が増加していますが、これについては、NHKの「日本百名山」「中高年のための登山入門 日本百名山をめざす」が放送された影響による、中高年登山者の増加が原因だと思われます。
それ以降も、遭難者数は右肩上がりに増え続けますが、これについては、山ガールブームや、登山系SNSを利用した登山など、登山スタイルの多様化による登山人口の更なる増加が原因の一つと思われ、平成27年以降は、遭難者数は3000名を突破する勢いとなりました。
令和2年(2020年)には、新型コロナウイルスの流行による外出自粛などの影響で、一時的に遭難者数は減少したものの、令和3年(2021年)には再び3000名を突破しています。
ここで注目したいことがあります。
昭和50年代(1970年代後半)までは、全遭難者に占める無事救出の割合が概ね30%台で推移していたのに対し、中高年登山ブームが始まったあたりの昭和60年(1985年)以降では40%台、現在では50%台まで跳ね上がっています。
一見、無事救出の割合が増えているんだから良いような感じにも受け取れますが、このことは何を意味しているのでしょうか?
考えられることとしては、登山の大衆化に伴って、登山技術の未熟な登山者が増え、アクシデントへの対処能力が全体的に低下した結果、救助の必要性が極めて薄いものまで通報してしまうケースが増えたのではないかと推測します。
携帯電話の普及も関係がありそうです。
携帯電話の普及率と比例して無事救出の割合も増えています。
このように、無事救出の割合が増えた理由については、登山者のアクシデント対処能力の低下や、携帯電話の普及などが関係していると考えられます。
また、無事救出の割合が増えた一方で、死亡・行方不明者の割合は減っているという事実もあります。
これについては、登山技術云々ではなく、携帯電話の普及が大きな役割を果たしているのではないかと思われます。
このように、遭難事故の中身が変質した理由には、登山ブームによる登山の大衆化や、携帯電話の普及などが関係していると思われるのですが、どのような登山者がどんな遭難事故を起こしているのかについて、更に統計を詳しく見ていきます。
令和3年(2021年)の山岳遭難
最新の令和3年(2021年)の山岳遭難について詳しく見ていきます。
まずは、年齢別の遭難状況について。
1位 70代 22.8%
2位 60代 18.6%
3位 50代 16.3%
4位 40代 13.4%
5位 20代 8.0%
6位 30代 7.4%
7位 80代 6.7%
8位 20未満 6.0%
9位 90代 0.2%
70代がトップで、50代以上が全体の約58%です。
平成29年(2017年)ころまでは、例年60代がトップだったのですが、現在は70代がトップとなりました。
遭難の態様別の状況については、
1位 道迷い 41.5%
2位 転倒 16.6%
3位 滑落 16.1%
4位 病気 7.1%
5位 疲労 6.6%
そのほかは、転落、悪天、動物襲撃、落石、雪崩などとなっています。
遭難は道迷いが全体の約4割とだんとつに多く、次いで転倒、滑落が遭難の3大原因になっています。
道迷いした結果、救出されたのかどうかについては、全国の遭難統計には記載がありません。
無事救出に占める道迷いの割合を知るために、各都道府県警から出されている遭難統計を見てみることにします。
都道府県警の山岳遭難の態様別内訳
例年山岳遭難事故が多く、かつ、事故の態様別の内訳が詳しく公表されている、長野県警、群馬県警、北海道警の山岳遭難統計(令和3年)について調べてみました。
長野県の山岳遭難
群馬県の山岳遭難
北海道の山岳遭難
3道県の傾向として、死亡原因の多くは、滑落や転落、負傷の多くは、転倒や滑落、無事救出の多くは道迷いとなっています。
無事救出の内訳については、道迷い、疲労、病気、悪天候などとなっていますが、無事救出の中に占める道迷いは3県の合計で43%と高い割合になっています。
無事救出される登山者の多くは道迷いを起こしているということが統計からわかりましたが、遭難事故の性質上、道迷いは登山に不慣れな者が陥りやすいものです。
これらのことから、山岳遭難事故の中身が変質してきた理由は、道迷いという初歩的なミスをする未熟な登山者が増えたことが原因のひとつであると推測できます。
中高年登山者には技術が未熟な人が多いのか?
統計から推測すると、初歩的なミスによる遭難事故が増えたのは、技術が未熟な登山者の割合が増えたのが原因であると考えられ、その中には中高年登山者も相当数いるのではないかと思われます。
では、中高年登山者には未熟な登山者が多いのでしょうか?
中高年登山者について考えてみます。
近年の登山者の急増は、中高年登山ブームが中核となっています。
中高年登山ブームの最初の火つけ役がなんだったのかは不明ですが、日本の登山の歴史について、ウィキペディアによれば、
1980年代、山岳部や山岳会が衰退し始め、また、登山者に占める中高年者の割合が増え始めた。若い世代が山登りを3Kというイメージで捉えて敬遠するようになり、育児が一段落した世代が山登りを趣味とし始め、仕事をリタイアした世代が若い頃に登った山に戻り始めたことが理由であると考えられる。これに健康志向と日本百名山ブームが輪をかけ、2010年現在に至っている。 wikipedia
とあります。
要するに、
「中高年登山ブームは、1980年代(昭和の終わりごろ)から山岳部、山岳会が衰退を始め、育児が一段落したり、仕事をリタイヤした中高年世代が若いころに登った山に戻り始め、健康志向と百名山ブームと相まって中高年登山者の割合が増えた。」
という説明です。
筆者は昭和の終わりころに、日本百名山を中心に初心者ばかりの中高年団体が現れ始めたのをよく覚えていますが、当時の中高年登山者の多くは、登山経験が豊富で、いぶし銀のような人が多かったと記憶しています。
ウィキペディアでいう「若いころに登った山に戻り始めた世代」というのは、このような経験豊富な中高年登山者を指すものではなく、若いころにちょっとだけ登山を経験した人達、若しくは中高年になってから急に山に目覚めた人達を指すのではないかと思います。
昭和61年(1986年)の警察白書の解説の中に、昭和60年中(1985年)の山岳遭難についてこんなことが書かれています。
「・・登山人口が増えるに従い、登山の知識や経験に乏しい登山者も増加してきている。50歳以上の高年齢者の遭難が多発したほか、技術の未熟による転落、滑落事故や、事前の準備不足による道迷い等、基本的な心構えに欠いたことによる遭難事故が目立った。・・」
昭和の終わりころから、中高年登山者や技術の未熟な登山者が増えていったということは間違いなさそうです。
中高年登山者=技術が未熟な者ではありませんが、道迷いのような初歩的なミスをする登山者の中には、中高年登山者の割合がそれなりに多いのではないかと想像できます。
まとめ
近年の遭難者は50代以上が多く、遭難の中身については道迷いが多いなどの傾向が数字からわかりました。
また、警察庁生活安全局から出されている、令和3年(2021年)の山岳遭難の概況には「山岳遭難の多くは天候に関する不適切な判断や、不十分な装備で体力的に無理な計画を立てるなど、知識・経験・体力の不足等が原因で発生している・・」と記載されており、全体的に登山者の登山技術が劣化している様子が伺えます。
日本百名山ブーム以降、登山に関する情報は格段に多くなり、登山は誰にでも出来る身近なスポーツとして定着しました。
一方で、日本百名山ブームは登山を更に大衆化させるきっかけとなり、知識や経験が不十分な登山者の割合を増加させたという面もあります。
遭難事故を防止するためには、体力トレーニングは勿論のこと、登山技術の向上が求められるわけですが、山岳会に加入していない人達が登山の基礎を学ぶとしたら、登山講習会などに参加しながら独学するか、実力のあるリーダーやガイドと行動しながら積極的に技術を学ぶなど、自己啓発していくことが必要だと思います。
遭難には道迷いが多いということですので、まずはGPS専用機やスマホの地形図アプリを使えるようにした上で、紙の地形図やコンパスを使用して読図できる能力を身に付けることが、遭難事故を減少させるための効果的な方法の一つだと思います。
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