令和7年(2025年)8月14日、羅臼岳(1660m、日本百名山)において登山中の男性がヒグマに襲われ、死亡するという事故が発生しました。
北海道では、ヒグマによる死亡事故は度々発生していますが、その多くは山菜取りや狩猟中などに発生しており、登山者がヒグマに襲われ死亡する例は非常に少なく、昭和45年(1970年)以降の55年間で、2件しか発生していません。(昭和45年(1970年)にカムイエクウチカウシ山で福岡大学ワンゲル部員3名が犠牲になった例、令和5年(2023年)に大千軒岳で大学生1名が犠牲になった例)
今回は、羅臼岳で発生したヒグマによる襲撃事故について、道警の公開資料や知床財団による調査速報のほか、報道記事なども参考にしながら分析していきます。
参考資料:山岳遭難発生状況 令和7年(北海道警察本部)、2025年羅臼岳登山道におけるヒグマ人身事故に関する調査速報(知床財団)、同左第2報、羅臼岳登山道ヒグマ人身事故の概要(知床ヒグマ対策連絡会議)、岩井基樹著 熊のことは、熊に訊け。(つり人社)、「ヒグマ」(門崎允昭・犬飼哲夫著 北海道新聞社)
ヒグマ襲撃事故の概要
被害者Aさん(東京都墨田区在住、会社員、当時26歳)は、8月12日から北海道に滞在し、高校、大学時代の友人であるBさんと旭川で合流、8月13日雌阿寒岳、14日羅臼岳、15日斜里岳登山を予定していた。
時系列
8月14日(日の出04:23 日の入り18:28)
午前5時ころ
AさんとBさんは、羅臼岳岩尾別コース登山口(標高230m)を出発。羅臼岳登頂後、両者は下山を開始する。
午前10時50分
Bさんより先を歩いていたAさん(走る、若しくはかなり速いスピードで歩いていたと思われる)は、560m岩峰付近の登山道(標高550m付近)を通過する際、ヒグマと遭遇し、襲撃を受けた。
Aさんの後方約200m(推定)を下山中のBさんは、遅れて襲撃現場に到着したが、この時、Aさんの助けを呼ぶ声を聞き、Aさんを探したところ、登山道南西側斜面の山林内でヒグマ1頭に襲われているAさんを発見、Aさんは、両大腿から大量出血していた。
Bさんは、強力催涙スプレーの噴射を試みたが、噴射は出来ず(ヒグマに対応したものかは不明、使用履歴も不明)、熊を殴るなど応戦を試みたが、熊はAさんから離れなかったため、救助を要請するために登山道へ戻る。

登山道上の襲撃現場(赤丸の位置) 出典:知床ヒグマ対策連絡会議資料
午前11時10分
Bさんは登山道上に戻り、携帯電話で警察に110番通報した。
午前11時30分
斜里町が対策本部を設置。警察、消防、関係機関と捜索救助を開始。
地元自治体が、羅臼岳の登山口2か所(岩尾別コース(斜里側)、羅臼温泉コース(羅臼側))と、羅臼岳から縦走が可能な知床硫黄山の登山口(硫黄川コース)、及び知床五湖とカイムイワッカ園地(湯の滝)を閉鎖。
午後1時~午後5時58分
警察と北海道防災ヘリが、オホーツク展望(岩尾別コース標高490m付近)付近において、入山中の登山者71名を吊り上げ救助。
Bさんが、オホーツク展望で救助を待っている時に、加害熊と思われるヒグマ1頭が、登山道を下って来るのを目撃。

道警山岳救助隊が捜索に向かう様子。出典:北海道ニュースUHB
8月15日
午前5時30分
道警山岳救助隊やハンターなど18名が捜索を再開。捜索には警察犬やドローンなども使用した。
午前9時28分~午後零時39分
現場付近の斜面で、Aさんの物と思われる、着衣や所持品(名前入りのカードが入った財布、血液が付着した紺色のシャツ、破れたズボン、ザック、腕時計、帽子など)を発見、回収。
午後1時6分
前日の襲撃現場から南西に約200m離れた斜面(標高440m付近の沢地形)で、Aさんをくわえ、斜面を引きずりながら移動する母熊、及び子熊2頭を発見、4発発砲し、母熊を駆除。子熊2頭は逃走。
午後1時30分
現場に戻って来た子熊2頭を駆除。
午後2時40分
Aさんをヘリに収容。
午後3時17分
ヘリによって、斜里町の病院に搬送されたAさんの死亡を確認。
遺体は、顔や上半身に多数の傷があり、下半身は激しく損傷していた。
8月16日
警察による検視の結果、死因は全身多発外傷による失血死であり、噛まれるなどした傷が全身にあった。(食害があったかどうかは公表されていない。)
Aさんは、熊鈴を付けていたが、熊よけスプレーの所持や使用については不明。
8月17日
駆除されたヒグマの解剖調査とDNA鑑定を実施した結果、母熊の肝臓のDNAと、Aさんの着衣と遺留品に付着していた体毛と唾液のDNAが一致し、加害熊は駆除された母熊であることが判明した。
駆除された、ヒグマの体格等は以下のとおり。
母熊~雌、体長140cm、体重117.4kg、年齢11歳
子熊~雄、体長72.5cm、体重17.0kg、年齢0歳
子熊~雌、体長72.0cm、体重17.3kg、年齢0歳
北海道は事故前に登山道周辺で発生していたヒグマによる付きまといや、目撃情報などによる不安が解消されていないと判断し、斜里町と羅臼町と協議した結果、羅臼岳の登山道周辺に出しているヒグマ注意報(北海道自然環境局が8/14に発令)は継続することを決定。入山規制は継続。
駆除されたヒグマは、調査や管理のため、個体識別(識別記号は「SH」)されており、出生した平成26年(2014年)から国立公園内の岩尾別地区(羅臼岳岩尾別コース登山口や知床五湖の周辺地域)を中心に活動しており、毎年目撃されていたが、人を避けない、人と遭遇してもすぐに逃走しないなどの行動が度々確認されていたため、知床半島ヒグマ管理計画(環境省、林野庁、自治体)により、追い払い対応(ゴム弾、音響、熊よけスプレーなどの使用による忌避学習付け)が繰り返し行われていたが、行動は改善されず、問題個体として区分されていた。
また、このヒグマは、地元ガイドらに「岩尾別の母さん」と呼ばれていたとされ、人を襲うような個体ではなかったとの報道もある。

事故前の加害熊親子の様子。車を気にすることなく道路を歩いている。出典:NHK北海道道
事故現場付近の地形図

図1 事故現場と岩尾別コース全体の状況
図1は、羅臼岳岩尾別コース全体の状況と事故現場の位置を示しています。
羅臼岳岩尾別コースは、登山口に木下小屋と呼ばれるヒュッテがあり、登山口からは長い単調な尾根歩き、羅臼平までの急登、ラストの本峰は、急な巨岩帯というような行程をたどります。
標高差は1430mであり、一定以上の体力が必要なレベルで、一般的なコースタイムは登り4時間20分、下り2時間40分(日帰り装備、休憩含む)程度です。
事故があった登山道の周辺は、灌木とハイ松が混生する単調な尾根道で、遠望のきく場所もありますが、登山道上の見通しは良いとは言えません。

図2 事故現場の拡大図
図2は、事故現場の拡大図です。
Aさんがヒグマに襲撃されたのは、560m岩峰と呼ばれる岩を、南西側に迂回するように付けられた登山道付近で、標高は550m付近とされています。
事故発生時の目撃者はおらず、発生時のAさんとBさんの距離は、推定で約200m離れていたとしています。
図2では、事故現場の後方約200mにBさんの推定位置を示しました。
図面上では、Bさんは標高610m付近にいたことになり、事故現場を約60m下に見下ろす位置にいたと思われますが、樹林帯の登山道で、直線距離で200mも離れると、一般的には、相手の姿は全く見えなくなり、大声などを出さなければお互いの存在が確認出来なくなると思います。
また、BさんがAさんに追い付くには、斜度や道の状況にもよりますが、下山中であれば、若い人なら普通のペースで、10分で標高100mほどは降りられると思いますので、標高60mを下るのには、5~6分程度はかかると思います。
また、Aさんは走っていたか、かなり早いスピードで下山していた可能性が高いとされていますが、Bさんが普通のペースで下山していると、二人の距離はどんどん離れていきますので、Bさんも通常より早いペースで下山していたと考えるのが自然だと思います。
その場合、BさんがAさんに追い付くのは、5~6分よりも早くなると考えられ、恐らくは、3~4分程度だったのではないかと推測します。
また、Bさんは襲撃現場の登山道上(標高550m付近)に到着してから、Aさんを捜索するために、登山道の南西斜面を下っており、標高490m付近の山林内でAさんを発見していますが、登山道からは藪の中を60mほど下らなければならず、登山道上からAさんの発見現場に到着するには更に6分以上は要したのではないかと思います。
そうすると、Aさんが熊と遭遇し、襲撃を受け、山林内に引きずり込まれ、Bさんに発見されるまでの間は、10分程度だったことになりますが、この間、どんな状況で遭遇し、何がきっかけで襲撃に至ったのかを読み解いて行くことが重要になってきます。
なお、事故発生時刻について、知床財団による資料などには、「午前11時ころ」との記載が多いのですが、道警の山岳遭難発生状況によれば、発生時刻は「午前10時50分ころ」となっています。
AさんとBさんの位置関係や距離、移動時間などを勘案すると、発生時刻は午前10時50分ころであれば、説明が付きやすいと思いますので、発生時刻については道警の資料を参考にしました。
遭遇前の状況、互いに発見が遅れた可能性
今回の事故では、見通しの悪い登山道において、被害者がかなり早いスピードで下山していたとされていますので、人と熊が互いに相手の発見に遅れた可能性があると思います。(被害者は熊鈴は携行していた。)
更に、現場は熊の餌となる蟻が大量に発生していたとされ、食事中の熊が人の発見に遅れた可能性も考えられます。(熊鈴を鳴らしていても、食事中や何かに夢中になっている熊は人に気付かないことが実際によくあります)
このように、事故発生以前に、熊とバッタリ遭遇を起こしやすい状況があったことを押さえておく必要があると思います。

アマゾン 東京ベル BEAR BELL 森の鈴ゴールド TB-K1 消音機能付
楽天 東京ベル BEAR BELL 森の鈴ゴールド TB-K1 消音機能付
![]()
アマゾン molten(モルテン) PEホイッスル RA0050
楽天 molten(モルテン) PEホイッスル RA0050
熊のタイプ別に原因を推定
報道などによると、熊が人を襲った原因について、「人に付きまとう異常なヒグマの行動」「母熊が子熊を守るための本能的な行動」など、複数の憶測がありますが、被害発生時の目撃者はいませんので、真相についてはよく判らないままです。
そこで、この記事では以下のように、ヒグマの研究者が簡易的に分類した、ヒグマの行動パターンに照らし合わせて事故原因を推測してみることにします。
岩井基樹著「熊のことは、熊に訊け。(つり人社)」によると、ヒグマの行動パターンを以下の七つに分けて説明しています。
・攻撃型:人への警戒心が低く、攻撃性が目立つ異常個体。
・防衛型:攻撃性はあるが、防衛本能によるもので、異常ではない。バッタリ遭遇時や子熊を守るための母熊の 威嚇や攻撃など。
・神居型:人と接触しても驚かず、悠々と立ち去る。人との接触を避け、用心深い。壮年期の雄熊に多い。
・忌避型:山グマ。山奥や稜線などで生活しており、周年人里に下りない。
・疾病型:老化などによる脳障害によって異常な行動を取る個体。
・餌付け型:人為物を食べた個体。人が餌を与えた場合や、偶然人為物を食べてしまった場合を含む。食べ物へ の執着、常習、エスカレート、人身事故に繋がる可能性が高い。
・人慣れ型:人を全く恐れない、人に無関心な個体。知床などの観光地に多い。新世代型の熊。
以上の分類のうち、神居型、忌避型、疾病型の3つは当てはまらないように思いますので、攻撃型、防衛型、餌付け型、人慣れ型の4つの各行動パターンに絞って考察してみます。
攻撃型だった場合~食料目当てなど
食料を強奪するために人に接近し、被害者を攻撃した可能性について
攻撃型は、人への警戒心が低く、攻撃性が目立つ個体で、もともと攻撃型ではなかった熊が、人為物(人の食べ物)を食べてしまったことなどが原因で、餌付け型に変化し、食べ物への執着、常習、エスカレートを起こし、人から食料を強奪するなどの行動を起こすのがこのタイプの典型とされています。
今回の事故では、熊が餌付けされていたとの証拠はないようですが(7月29日に岩尾別地区で餌付け事案が発生しているが、特徴から加害個体である可能性は低いとしている)、事故前の8月10日と12日に発生した登山者との接近事案では、加害熊と思われる個体が、熊の方から人に接近したりしています。
熊は威嚇などの防衛行動以外に、理由もなく自ら人に接近することはありませんので、食べ物が目的であった可能性は完全に否定することは出来ないのではないかと思います。
加害熊が被害者のザックや食料をあさったかどうかは不明ですが、どこかの時点で、人為物を食べ、餌付け型から攻撃型に変化した可能性があるのではないかと思います。
防衛型だった場合~親子熊とのバッタリ遭遇など
バッタリ遭遇した母熊による、子を守るための防衛行動により、被害者を攻撃した可能性について
熊が人と遭遇した場合、ほとんどの場合は、熊の方から逃げていくか、威嚇行動(ブラフチャージ)のみで、本攻撃(リアルチャージ)を伴わないのが通例ですが、場合によっては、熊が防衛型の行動を起こし、人に危害を加えることがあります。
防衛型とは、熊の行動の原因があくまでも防衛本能によるもので、餌付け型のように、食料目的に人に接近するといったような異常個体による問題行動ではなく、人が熊を追い詰めたり、切迫させたりして逃げきれないと熊が感じた時に咄嗟に起きる、正常な熊による攻撃行動のパターンを言います。
このパターンが発生する典型的な例としては、至近距離でバッタリ遭遇した時に、熊が驚いて人に一撃を加える場合や、人が騒ぎ立てた結果、熊の攻撃を誘発するような場合、親子熊と遭遇した際に、母熊が子熊を守るために人を攻撃する場合、近くに鹿の死骸などの熊の食料が残置されているなど、熊側にその場を立ち去れない理由がある場合に、食料を守るために人を攻撃する場合、手負い熊が人と遭遇した時に逃げ切れないと感じて一撃を加える場合などが挙げられると思います。
なお、昭和37年(1962年)以降に発生した、ヒグマによる死亡事故は60件発生しており、その内、狩猟中以外に発生したものは、39件ありますが、子連れの母熊(雄熊は子熊を連れない)によるものは、39件中5件発生しており、死亡事故の約13%となっています。(狩猟中に発生したものは、人が熊を加害するという状況であり、熊の反撃を受けやすいため、件数を除きました)
人慣れ型だった場合~人との距離が近い
登山道周辺に出没していた人慣れ熊が、被害者と至近距離バッタリ遭遇し、何らかの原因で防衛行動に移行して、被害者を攻撃した可能性について
人慣れ型は、観光地などに出現する特殊なタイプで、人に対して無関心で警戒心が薄く、人に遭遇してもすぐに逃げないのが特徴で、知床半島ではこのタイプの熊は珍しくないとされています。
前述のとおり、自治体などが加害熊の行動をチェックしていましたが、人に遭遇しても逃げない個体で、追い払いなどの忌避学習を行っても行動が改善されなかったとされていますので、人慣れ型だったことは間違いないと思います。
人慣れ型は、比較的人間に近い距離でも気にせず行動しますが、近づき過ぎると人とトラブルを起こす可能性が高くなります。
このタイプは、餌付けをしない、ゴミを捨てない、熊に近寄らないなど、人側がルールを徹底していれば、熊が異常個体に変化することはないとされていますが、観光客が捨てたゴミなど人為物を食べるなどの経験をすれば、餌付け型~攻撃型に変化する可能性があるとされています。
餌付け型だった場合~食料目的の行動
登山者のゴミや食料目当てに登山道周辺に出没していた熊が、被害者とバッタリ遭遇し、何らかの原因で防衛行動に移行して、被害者を攻撃した可能性について
餌付け型は、攻撃型で説明したとおり、何らかの原因で、人為物を食べてしまい、人為物への執着、常習、エスカレートを起こし、人に対する警戒心を欠いた状態の熊で、この状態の熊は、攻撃型に変化する可能性があります。
餌付け型は、人から食料を強奪するなどの攻撃性はありませんが、畑を荒らす、ゴミや残飯をあさる、キャンプ地にある食料を持っていくなどの行動を取りますので、人とのトラブルを起こす可能性が非常に高くなります。
今のところ、加害熊が餌付け型であったとの証拠はありませんが、前述のとおり、事故前に登山者へ接近するなどの行動を取っておりますので、人慣れ型から餌付け型に変化していた可能性があるのではないかと思います。
なお、昭和45年(1970年)にカムイエクウチカウシ山で学生3名が犠牲となった福岡大ワンゲル部のヒグマ襲撃事件では、加害熊が学生のザックを奪ったことが最初の原因となっていますので、この熊は餌付け型であったと推測できます。(カムイエクウチカウシ山のヒグマ襲撃事故の詳細については「過去の遭難に学ぶ-カムエク八の沢カールヒグマ襲撃事件」を読んで見て下さい。)
遭遇時の対処は適切だったのか
遭遇時にどのような対処がなされたのについては、目撃者もなく不明です。
加害熊が攻撃型だった場合は、熊の攻撃を回避するには熊よけスプレーを噴射するなどしか方法はないと思いますが、防衛型などについては、遭遇時の人側の対処によって、攻撃への移行を阻止したり、逆に攻撃を誘発させたりすることもあります。
熊との近距離におけるバッタリ遭遇時(熊との距離が20m以下の場合)の対処法としては次のような方法が一般的です。
・熊が、ひょっこり出てきた、または立ちあがった時は、あわてず、手をゆっくり振りながら話しかけ、熊との間に立ち木などの障害物が来るよう、静かに移動する。
・熊よけスプレーの準備をする。
・熊が人間を無視している時は、熊から目を離さず、ゆっくりその場を離れる。
・それでも、熊が立ち去らない場合は、付近に小グマの存在やシカの死体などがあって、立ち去れない理由があるのか冷静に観察し、ゆっくりとその場を離れる。この時、急な動きをすると熊を興奮させるので避ける。
・走ったり、大声でわめくと熊がびっくりして攻撃を誘発する可能性がある。
以上のように、熊と遭遇した場合は適切な対処が必要になりますが、至近距離での遭遇後に攻撃を受けたとすれば、
・熊は遭遇時にいきなり攻撃して来る場合がある。
・熊に攻撃の意思がない場合でも、人が急な動きをする、悲鳴を上げる、背を向けて逃げるなどして、熊の攻撃を誘発する場合がある。
などのケースが考えられると思いますが、特に、背を向けて逃げた場合は、高い確率で熊が飛びかかって来ることが良く知られています。
遭遇時に適切な対処が可能であったのかどうかについては、その場にいた者でなければわかりませんが、熊の攻撃開始後であっても、前述のとおり、熊よけスプレーやナタでの反撃、うつ伏せ防御などで、被害を極力少なくする方法などが知られています。
熊よけスプレー、格闘、防御姿勢など
被害者Aさんが、熊よけスプレー(=熊撃退スプレー、熊スプレー、ベアスプレー)を持っていたのかどうかについては不明ですが、持っていなかった可能性が高いとされています。
友人Bさんは、Aさんを発見後、熊に対し、スプレー(連絡会議の資料では「強力催涙スプレー」と表現しており、ヒグマに対応したものかどうかは不明で、新品かどうかも不明)を使用しましたが、噴射は出来なかったとされており、中身はほぼ空であった可能性があるとしています。
また、Bさんは、熊を殴るなどの応戦をしましたが、効果はなかったとしています。
Aさんについては、両大腿から大量出血していたとのことですが、Aさんの動静(反撃していた、防御姿勢を取っていたなど)については不明です。
熊の撃退には、熊よけスプレーの噴射が有効であることが学術的に証明されていますが、現在、日本には、熊よけスプレーに関する基準はありませんので、市場には効果の確かなもののあれば、よくわからないものなども流通しています。(効果が確かなものとしては「カウンターアソールト」などの米国環境保護庁(EPA)が販売を承認したEPA登録品などが知られています。)

左:CA230、右CA290(ストロンガー)
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールトCA230 ホルスター付
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールト・ストロンガーCA290 ホルスター付
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールトCA230単品
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールト・ストロンガーCA290単品
Bさんが所持していたスプレーの銘柄は現在のところ不明ですが、効果が確かではないもののひとつではなかったのかと推測します。(熊よけスプレーの種類や効果について詳しくは「失敗しないクマよけスプレーの選び方!」を読んでみて下さい。)
熊への反撃については、熊よけスプレーの使用のほか、伝統的にはナタで熊の鼻の下付近を叩いたりすることが知られていますが、ナタがなくても、何らかの反撃(武器を使って叩く、蹴るなど)を行えば、熊が嫌がり攻撃を断念する場合があり、無抵抗の場合よりも生還率が上がるというデータがあります。(令和5年の大千軒岳での事件では、登山者がナイフを使用して熊を撃退しています)

アマゾン 本場土佐 火造り鉈 最高級 腰ナタ両刃 白紙鋼 210mm
楽天 本場土佐 火造り鉈 最高級 腰ナタ両刃 白紙鋼 210mm
熊よけスプレーがない、噴射しても効かなかった、そのほかに反撃する手段がなかった場合は、うつ伏せに倒れ込み、両手で頭部をガードし、防御姿勢を取ることで、致命傷となる頭部付近へのダメージを軽減できることが知られています。

うつ伏せ防御の姿勢。出典:サホロリゾートベアーマウンテン展示室

防御姿勢中に、熊よけスプレーで反撃することも有効。出典: BE BEAR AWERE CAMPAIGN hp
被害者又は友人が効果の確かな熊よけスプレーを所持していて、適切に使用することが出来ていれば、事故の結果は変わっていたのではないかと思われます。
事故発生時の気象~事故と気象状況との関係は
連絡会議による資料では、事故発生場所に近い、知床五湖(標高230m)の観測機の8/14午前11時の気象は、
晴れまたは薄曇り。
風向不明。風速1.0m/s
気温27.0度
であり、同じく事故発生場所に近い、宇登呂(標高144m)の同時刻のアメダスでは、
日照時間1時間(晴れと推定される)
北の風0.5m/s
気温27.5度
となっています。
熊との遭遇しやすい条件としては、一般的には、人が風下にいる場合、風上にいる熊には、人間の音や匂いが届きにくくなりますので、熊が人の存在に気付くのが遅れる場合があるとされています。
事故発生時刻における気象は、無風に近く、視界も良好だったと推測され、気象条件が熊との遭遇に関係した可能性は特にないと思われます。
駆除された熊と現場周辺に出没していた熊は同一か?
事故発生前に、現場周辺では、熊の出没が頻繁していましたが、主な出没情報は以下のとおりです。
・7月21日、560m岩峰付近で、亜成獣サイズの熊と約5mで遭遇。
・7月29日、岩尾別地区で、熊への餌付け事案が発生。
・8月3日、登山口~弥三吉水(標高780m付近)間で、登山者が成獣サイズの熊と約2mで遭遇、熊はついてきたが、その後ゆっくり離れていった。
・8月4日、登山道入口付近で親子熊3頭が出没。 車と遭遇しても逃げずに、逆にバックする車に近寄って来た。
・8月10日、羽衣峠(標高1070m付近)付近で、下山中の登山者が親子熊3頭と約5mで遭遇、熊はやぶに隠れた後、登山道を登って来たので、登山者は熊よけスプレー(噴射はしていない)を構えてゆっくり引き返した。10分ほどで大沢入口(標高1120m付近)に着くと、親子熊は山奥に消えて行った。
・8月12日午前8時30分ころ、弥三吉水(標高780m付近)~銀冷水(標高1040m付近)間で、登山者が成獣サイズの熊と至近距離で遭遇し、熊よけスプレーを噴射(噴射量は微量)、その後熊は一時離れたが、約5分間に渡って接近・離れるを繰り返した。
上記の出没情報に登場する熊が、加害熊と同一かどうかについては確たる証拠はありませんが、連絡会議の資料によると、8月10日と12日の熊は、外観上の特徴から、加害熊と同一個体である可能性があるとしており、7月29日の餌付け事案については、加害個体と同一の可能性は低いとしています。
入山規制解除後の登山について
事故発生以来、羅臼岳へ通じる登山口(岩尾別、羅臼温泉、硫黄山)は、環境省、林野庁、地元自治体などが閉鎖の措置を取っています。

出典:環境省釧路自然環境事務所HP

登山道の閉鎖状況。出典:環境省釧路自然環境事務所HP
現在、知床ヒグマ対策連絡会議などが、事故の検証を継続中で、結果は今年度中に出される予定であり、閉鎖の解除は来年度(令和8年度)以降になると報道されています。
事故の詳細な検証結果が待たれるところです。
再発防止のために登山者が気を付けなければならないこと
今回の事故について、登山者の自己責任や、自治体などが事前に登山口の閉鎖をしなかった、熊出没情報の周知が甘かったなど、管理者側の責任を問うような意見などがあります。
8/12に付きまとい事案が発生した時点で、入山規制を行えば、事故を防げた可能性は高かったと思われますが、関係機関としては、8/13に情報収集やパトロールなどを行ったが、新たな情報は得られなかったので、入山禁止の措置は取らなかったとのことです。
一般的に役所は規則や前例主義に縛られますので、臨機応変な対応は期待出来ないと考え、登山者としては、入山規制の有無にかかわらず、登山者自身が安全を総合的に判断する方が現実的だと思います。
責任論はさておき、我々登山者としては、まずは、ヒグマ襲撃のリスクを低くするにはどうしたら良いのかなどについて、考えていくことが大切だと思います。
羅臼岳岩尾別登山口には、熊出没の最新情報が掲載してある詳細な掲示板があり、いつ、どの辺りにどんな熊が現れたのかについての情報を得る事が出来ます。

岩尾別登山口、熊情報の掲示板の様子。出典:知床ヒグマ対策連絡会議資料
筆者の知る限りでは、大雪山の一部については熊の出没に関する情報提供をしているところもありますが、北海道の山でこれだけ詳細に情報提供している場所はほかにはなく、北海道の他の山域で事前に詳細な熊出没情報を得ることはほぼ不可能になっています。
ですので、羅臼岳は他の山に比べ、情報量が多い分、登山者が入山の可否を判断できる材料が多くなっていると言えます。
事故の二日前である8月12日に登山道で発生した、熊の付きまとい・スプレー噴射事案では、その日のうちに、岩尾別登山口の掲示板と町のHPで情報提供し、注意喚起を行っています。

8/12のヒグマ情報を伝える掲示物。出典:斜里町
これらについては、周知の仕方が悪い、効果が薄いなどの自治体を批判する報道が目立ちました。
メディアの批判報道は置いておき、このような、掲示物を見て自分だったらどうしたのかについて考える必要があると思います。
この掲示物は登山口に掲げてあり、素通りせずに、立ち止まれば目に入ると思いますが、北海道の他の地域によくある「〇月〇日熊が出ました」という漠然とした情報ではなく、「登山道で熊が出没し、登山者に付きまとった」という具体的な内容になっています。
ここで重要なのは「付きまとった」事実であり、これについては、出没した熊が人を避ける普通の個体ではなく、人に近寄る異常個体であるかも知れないことを伝えており、ヒグマについて一定以上の知識がある登山者であれば、危険を感じ、登山の中止を判断する人もいるのではないかと思います。
掲示前と掲示後の登山者数の推移については以下のとおりです。

岩尾別登山の入山者数 出典:知床ヒグマ対策連絡会議資料
グラフでは、7/1~8/14における入山者数は約1800名であり、1日の平均は約40名です。
グラフからわかるとおり、事故前の8/10,11はお盆前の連休のためか、入山者が急増し、掲示物が登場した8/12以降に減っていますが、これについては掲示物を見たから入山者が減ったのではなく、土日や連休に急増し、平日は横ばいになる波によるものと推測できると思います。
8/12,13,14の入山者数は、1日60名~70名前後であり、グラフからは掲示物の影響で入山者があからさまに減った事実は確認できません。
すなわち、「掲示物を見なかった」か「付きまとい熊が出没しているのを分かっていながら登山を中止するほどの危険を感じなかった」登山者が大多数であったことを示しています。
自治体などが、どのような情報を周知したとしても、入山規制などの強めの措置を取らなければ、このレベルの情報では、登山者が危険を感じて登山を中止することはないという傾向が今回の事故でわかったと思います。
登山中のヒグマ事故防止については、判断を他人任せにするのではなく、登山者が積極的に情報を収集して、危険かどうかを自分で判断する力をつけることが、現実的な事故防止につながると思います。

アマゾン 山と高原地図 利尻・羅臼 知床・斜里・阿寒・礼文2025
楽天 山と高原地図 利尻・羅臼 知床・斜里・阿寒・礼文2025
.png)
- ヒグマ・動物・虫・遭難に関連する記事
- 国産初の本格熊よけスプレー「熊一目散」のレビューと考察
- 熊よけスプレーの安全クリップは二種類?~買い替えに注意!
- 考察~熊よけスプレーの実戦的な使用法とは?
- 失敗しないクマよけスプレーの選び方!
- 熊よけスプレー~ホルダーの取付位置は?
- 熊よけスプレーのホルダーを自作してみる
- 実験!期限切れ熊よけスプレーは使えるのか?
- 熊よけスプレー新幹線誤射事故~安全装置や運搬方法に注意!
- 最新ヒグマ対策のまとめ~正しい対処法が身を守る
- 登山とヒグマ対策1~ヒグマの習性
- 登山とヒグマ対策2~ヒグマを避ける方法
- 過去の遭難に学ぶ-カムエク八の沢カールヒグマ襲撃事件
- 興梠メモ(全文)~カムエク福岡大ヒグマ襲撃事件
- カムエク登山・渡渉に注意!札内川の水量を知る方法とは?
- ヒグマとの遭遇をイメージできる!ベアーマウンテンの魅力
- 登山と虫よけ~やぶ蚊とブヨ対策
- 登山とダニ(マダニ)対策~スプレーか?服装か?
- 登山とダニ対策と感染症~ダニ媒介脳炎とは?
- 登山のダニ対策~ダニの取り方
- 手作りハッカ油スプレーの作り方 登山とスズメバチ対策
- 登山とキタキツネ対策~恐ろしいエキノコックス症

