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渡渉のミスか?カムイエクウチカウシ山で2名溺死~事故を分析する

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令和7年(2025年)8月23日、日高山脈カムイエクウチカウシ山(1979m、通称「カムエク」)へのルート上である、札内川上流の川岸に、着衣が濡れた状態の女性登山者2名が倒れているのを別の登山者が発見し、警察が救助した後、病院に搬送されましたが、2名とも死亡が確認されました。

警察によると、2名に大きな外傷はなく、死因は溺死と判明しましたが、遭難の規模が小さくないにもかかわらず、あまり大きく報道されることはなく、事故原因などの詳細については不明のままです。

今回は、カムエクへのルート上で起きた、沢での溺死事故について考察していきます。

※当サイトでは、カムエク登山の前に札内川の渡渉の可否を知るために、国交省の公開データを利用して現場の水位を推測する方法を記事で紹介して来ましたが、やはり札内川の渡渉は、非常に危険な場合もありますので、今後とも注意が必要だと思います。(札内川の水量を事前に知る方法について詳しくは「カムエク登山・渡渉に注意!札内川の水量を知る方法とは?」を読んで見て下さい。)




遭難事故の概要

北海道警察本部の令和7年山岳遭難発生状況や、報道などによる事故概要は以下のとおりですが、目撃者がいないこともあり、非常にシンプルな内容になっています。

事故概要

8月21日

女性Aさん(埼玉県小川町在住、無職、当時66歳)と、女性Bさん(東京都大田区在住、無職、当時78歳)は、カムイエクウチカウシ山に入山した。

8月23日

午後3時ころ

札内川上流の川岸で女性1名が倒れているのを別の女性登山者が発見し、110番で救助要請した。

道警ヘリが現場を捜索したところ、標高600m付近の川岸で女性1名を発見し、近くにもう1名の女性を発見した。

午後4時25分ころAさんが、午後5時40分ころBさんが吊り上げ救助された。

搬送時、2名は心肺停止の状態で意識はなく、病院で死亡が確認された。

2名は、体に激しい損傷はなく、着衣は濡れていたとのこと。

警察による司法解剖の結果、2名の死因は「溺水による窒息死」と判明した。



事故現場付近の地形図

図1 カムイエクウチカウシ山登山コース全体の状況

カムイエクウチカウシ山は、コースの多くは沢道で、行程が長く、非常に険しい場所やルートがよくわからない場所などもあり、昔から滑落などの死亡事故が定期的に発生する山で知られています。

通常は、1~2泊しながらの登山となり、中札内村から日高側の静内に通す予定であった、道道静内中札内線(道道111号線)の幌尻ゲートで車を止め、ここから登山を開始します。

幌尻ゲート~七ノ沢出合までは、ほぼ廃道状態の未舗装道路を約6km歩き(自転車を利用する登山者もいる)、七ノ沢出合で道道は終点となりますが、ここから札内川本流に入渓し、本格的な登山が始まります。

写真1 道道終点付近と七ノ沢出合の様子。

図2 カムイエクウチカウシ山事故現場広域図

七ノ沢出合から八ノ沢出合までは、川幅の広い札内川本流を遡行しますが、渡渉や河原歩きなどを繰り返します。

写真2 七ノ沢出合付近の広い河原。

登山道や標識はなく、自分が歩きやすいと思うルートを探しながら歩きますので、人によって渡渉回数は変わりますが、八ノ沢出合までは、通常は4回ほど渡渉があると思います。

写真3 八ノ沢出合の様子。

八ノ沢出合から先については、八ノ沢出合、三股、八ノ沢カールに良好なテン場があり、初日はほとんどの登山者がいずれかのテン場に幕営することになります。

二日目は、山頂をアタックし、そのまま下山するか、もう一泊してから下山するのが一般的です。

図3 事故現場拡大図

図3は、遭難者のAさんとBさんが発見された場所の付近を拡大した地形図です。

道警によると、発見位置は「標高600m付近の川岸」としており、標高600mの等高線がルートと交わる場所を図3の星印で示していますが、この付近の傾斜は極めて緩く、七ノ沢出合(標高590m)~3回目の渡渉点(標高610m)付近についても、「標高600m付近」と言えると思いますので、発見位置はこの間のいずれかではないかと思います。



遭難者の足取りは?発見されるまでの行動を推測する

遭難者の動静ですが、どのような登山計画で、いつ、どの辺で、何が起こったのかなどについては、全く情報がありません。

事故原因を推定するためには、まずは遭難者がどのように行動したのかについて、推測して見ることが必要です。

入山時の事故か?下山時の事故か?

遭難者は8/21に入山し、その後8/23に他の登山者によって発見されています。

可能性としては、

①8/21に入山し、その日に事故が発生して二日後の8/23に発見された
②8/21に入山し、翌日の8/22に頂上アタックした後、下山中に事故が発生し、その翌日の8/23に発見された
③8/21に入山し、翌日の8/22に頂上アタックした後、もう一泊し、その翌日の8/23の下山中に事故が発生し、その日に発見された

の3つがあると思います。

いつ事故が発生したのかについては、推測するしかありませんが、事故現場付近は平坦な広い河原ですので、移動中に溺死事故が起こるとすれば、渡渉中の転倒で流された可能性が高いと思いますので、8/21~8/23までの間で、沢が危険な水位まで増水したのかどうかについて調べてみることにします。



雨と沢の水位の変化は?

現場の水深がどのように変化していたのかについては、ほぼ正確に知ることができます。

幌尻ゲートから約1km上流に、国土交通省の竜潭上流観測所があり、ここでは札内川本流の水位の変化について観測を行っていますが、その観測データはネット上に公開されています。

竜潭上流観測所は、七ノ沢出合からは約5km下流にありますが、ここで観測した水位の変化は、七ノ沢出合付近の水深の変化とほぼ連動していることを筆者が令和5年(2023年)8月に現場で確認しています。

写真4 竜潭上流観測所

なお、観測データについては、東京湾の平均水面からの高さ(TP)で表されていますので、この数字を現場の水深に置き換えなければなりません。

筆者がカムエク登山中に確認した限りでは、「竜潭上流観測所の水位が496mの時に、現場では水深が約50cm」であることが分かっており、機械の誤差や何等かのエラーが発生しない限り、この換算は正しいと思われます。(令和5年以降、竜潭上流観測所の水位データを見ていますが、数値に大きな変動はありませんので、機械の誤差やエラーはないと思われます。)

これら水深に関する情報と、ネット上で公開されている、札内川ダム(竜潭上流観測所から約6.6km下流にある)の流入量と雨量の関係について図4の一覧表にまとめてみました。

なお、札内川ダムの流入量についても、現場の水深とアバウトに連動しており、竜潭上流観測所が欠測している場合などに利用すると便利です。(渇水時の流入量は4t程度、トン数が増えれば増えるほど現場の水深は深くなります。詳しくは「カムエク登山・渡渉に注意!札内川の水量を知る方法とは?を読んでみて下さい。)

図4 一覧表 現場の推定水深、札内川ダムの流入量と雨量

図5は、図4のデータをグラフ化したものです。

図5 グラフ 現場の推定水深、札内川ダムの流入量と雨量

8/21 1時~8/23 2時までは、推定水深は40cm台で推移しており、札内川本流としては渇水状態と言えます。

人の身長にもよりますが、この水深では水面は膝から膝下付近となりますので、ほとんどの場所で渡渉は容易であり、渡渉中に流されるようなことはまず考えられないと思います。

問題は、このあと雨が降り出し、今まで渇水状態であった沢が、短時間で急激に増水を始めているということです。

8/22 23時に降り出した雨は、7時間後の翌8/23 6時には最高雨量10.9mmに達し(降り出しからのトータルは29.6mm)、その後雨は弱まって行き、13時には雨が上がっています。

この降水の影響で、沢の水深は、雨の降り出し(8/22 23時)から4時間後の8/23 3時に水位が上がり始め、その4時間後の7時には推定水深が76cmに達しています。

水位はその後、雨量から3~4時間遅れるような形で徐々に低くなり、15時には推定水深が59cmまで下がっています。

ダムの流入量についても、水深の曲線とほぼ同じ形のカーブを描き、水深の変動から1時間程度遅れる形で増減していることがわかります。

グラフからは、「雨が降る~沢の水位が上がる~流入量が多くなる」というような順に、時間差で変化していることが確認できます。

水深が76cmもあると、水面の位置は、身長170cmでは股付近、160cmではお尻の半分付近、150cmではお尻の上部付近となりますので、体重や渡渉が得意、不得意などにもよりますが、身長が低いほど、体重が軽いほど渡渉は困難になります。

更に、水深が腰付近に来ると、ザックの下部が水に浸かり、ザックが浮力を得ますので、沢床を踏みしめる重力が減少し、流されやすくなります。(水深が深い場合の簡易的な対策のひとつに、ザックのウエストベルトのバックルを外して、ザックの浮きによる体重減少を抑制する方法などが一般的に行われる)

渡渉中に転倒事故が発生したとすれば、推定水深が70cm前後に達した、8/23 7時~9時の付近が最も可能性が高いのではないかと思います。

即ち、前述の③「 8/21に入山し、翌日の8/22に頂上アタックした後、もう一泊し、その翌日の8/23の下山中に事故が発生し、その日に発見された」のではないかと推測します。

※竜潭上流観測所及び札内川ダムの観測データと、七ノ沢出合~八ノ沢出合間における札内川本流の水深との関係性や、現場の推定水深の数値については、筆者が過去に現地で直接確認を行ったオリジナルの内容となっています。これらの内容について、書籍やWEB上の記事、動画などで参考として引用する場合は、当記事のリンクを明記するなど出典を明らかにするようお願いします。また、本件事故を題材とした記事や動画で、それらが創作や誇張を伴ったものや、事実と異なる内容を含むコンテンツであった場合については、当記事を引用しないようお願いします。



推定される事故の時系列

あくまでも、可能性のひとつですが、事故の時系列について推測してみます。

事故の発生が下山中の「8/23 7時~8時の間」、場所は図3の「渡渉3」の場所であると仮定して、時間を逆算して事故の時系列を整理してみます。

再掲 図1 カムイエクウチカウシ山登山コース全体の状況

再掲 図3 事故現場拡大図

まず、8/21ですが、ほとんどの登山者は午前中に幌尻ゲートを出発しますが、七ノ沢出合までは徒歩なら2時間程度、自転車なら1時間程度かかり、七ノ沢出合から八ノ沢出合までは、更に2時間程度かかりますので、午後には八ノ沢出合に到着すると思います。

沢の水量は少なく、水深が45cm程度と歩きやすいコンディションだったと思います。

幕営地については不明ですが、八ノ沢出合でキャンプする登山者が最も多く、ここで2泊した可能性もありますが、三股で幕営する場合はプラス2時間程度、八ノ沢カールで幕営する場合はプラス5時間程度はかかります。

ここでは、八ノ沢出合でキャンプしたと想定して時系列を進めます。

翌8/22は、日帰り装備で、1日かけてカムエクを往復し、八ノ沢出合で2泊目のキャンプとなります。

ここで問題が発生します。

この日の深夜23時ころに降り出した雨は、止むことなく、どんどん雨脚が強まったと思われますので、不安な一夜を過ごすことになったと思います。

八ノ沢出合から下山する場合は、三股やカールのテン場よりも時間的に余裕があり、ゆっくり起きて午前中に出発しても、お昼ころには下山できますが、大体の登山者は日の出と共に起床して、出発することが多いと思います。

この日の日の出は4:43ですが、食事、テント撤収、パッキングに通常は2時間ほど要しますので、日の出ころに起床すると、6時前には出発できる状態だったと思います。

順調なら、10時には幌尻ゲートに到着するスケジュールです。

再掲 図4 一覧表 現場の推定水深、札内川ダムの流入量と雨量

6時ころの雨量ですが、「10.9mm」とピークに達しており、この後、雨脚は急激に弱まります。

同じく6時ころの推定水深ですが、「59cm」と、渡渉は簡単ではないコンディションになりつつあり、水深は膝上から太腿上部くらいだと思いますので、渡渉は容易とは言えませんが、不可能な水深ではなかったと思います。

つまり、雨は弱まり、渡渉は可能ということになりますので、出発は可能と判断したのかも知れません。

八ノ沢出合を出発すると、30分ほどで1回目の渡渉ポイント(図3の渡渉4)が来ますが、ここは何とか渡渉出来たのではないかと思います。

この後、1時間ほど左岸の河畔林を歩くことになり、2回目の渡渉ポイント(図3の渡渉3)に差し掛かります。

6時に出発したとすれば、2回目の渡渉の時刻は07:30前後になると思いますが、この時間帯の雨量は「3.5mm~0.8mm」、推定水深は「76cm~75cm」と、雨脚は弱まっているのに、水深が増えていくという状況が発生していたと思われます。

この現象については、前述した図5のグラフがわかりやすく、雨量と水深の変化には時間差があり、水深の変化は雨量の変化より数時間遅れることが分かっています。

再掲 図5 グラフ 現場の推定水深、札内川ダムの流入量と雨量

前述したように、水深76cm付近では水位は股から尻付近で、小柄な人ほど不利になり、ザックの底部が水に浸かるとザックの浮力で重力が減少し、バランスを崩しやすい状況が発生します。

更に、札内川本流にある4つの渡渉ポイントは、どこも川幅が10m~20mと広めで、渡渉の困難度に大きな差はないのですが、筆者の体感では、この渡渉ポイント(図3渡渉3)は、最も川幅も水深もあって、一番渡渉しにくいと感じている場所です。

写真5「図3渡渉3」の渡渉ポイント。川幅は広い。

この渡渉点から七ノ沢出合まではあと30分ほどです。

この場所で、渡渉して下山してしまうのか、水が引けるまで停滞するのかという判断を迫られたのではないかと思います。

結果的には、渡渉ポイントから約400m下流の岸で2名が発見されていますので、この渡渉ポイントでバランスを崩し、流され、溺死に至ったというのが可能性のひとつなのではないか思います。

なお、発見者は8/23の15時に警察に通報を行ったようですが、この発見者の方の動静も気になるところです。

発見者が往路で発見したのであれば、例えば午前中に幌尻ゲートを出発すると、遭難者の発見はお昼前後となりますが、この付近は携帯の電波はなく、通報するためには、前進して八ノ沢カールまで登るのか、戻って札内川ダムや日高山脈山岳センター付近で通報するしかないと思います。(途中のトンネルにある非常電話が使えるかも知れません。)

なので、通報時刻を考えると、往路であれば、一旦戻って通報したのではないかと思われます。

次に、発見者が復路(下山中)であった場合なのですが、その場合、発見者は、遭難者の後を歩いていたと思われ、発見者についても、非常に困難な渡渉条件に出くわしたことになりますが、この方は危険を回避できています。

あくまでも想像ですが、発見者は下山中で、遭難者の後を歩いていたとすれば、早朝、七ノ沢出合において、札内川本流の増水状況を見て、危険と判断して一時停滞し、水が引けるのを待って出発して、遭難者を発見後、そのまま下山して、札内川ダムの事務所や、日高山脈山岳センターなどの電波のあるところで(山岳センターには公衆電話もある)通報した可能性があると思います。

札内川本流の推定水深は、7時では76cmですが、10時には65cmと3時間で一気に11cm下がり、その後も水位は下がっていますので、水量は多めですが、渡渉が不可能な水深ではないと思いますので、10時に七ノ沢出合を出発し、11:30ころ遭難者を発見、そのまま下山すれば、14時~15時には通報できると思います。

発見者が、このような行動を取っていたとすれば、事故を回避できたかどうかの結果は、状況判断で大きく変わるということの典型のような事故だったのではないかと思います。



札内川本流を安全に渡渉するために

渡渉の限界の深さはどのくらいか

筆者はこの沢を何度も訪れていますが、幸いこれまでに増水で渡渉を断念した経験はありません。

参考までに、水深が一番深かったのは約80cmの時で、この時、これ以上深くなるとロープがなければ渡渉は無理だと感じました。(写真6参照 筆者の身長は170cm程度、水深は尻くらいです。)

写真6 水深約80cmの札内川(図3渡渉3の場所 R2.9月撮影)

札内川本流の渡渉の可否は、身長や体格などにもよりますが、水深が80cm以上になるとかなり危険だと思われ、渡渉を断念しなければならないことが出て来ると思います。

水量が多い時の渡渉における一般的な注意事項

水深が深く、水流が強い時には、基本的に体は上流に正対し、水流に耐えながら、少しずつ横、又は斜め後ろに移動しながら渡渉します。

図6 水流が強い時の渡渉中の体の向き

この時、ストック(トレッキングポール)が1本あると、バランスが保持しやすくなります。

渡渉が得意でない者がいる時は、複数で手をつないだりする方法なども行われます。

図7 複数でバランスを取りながら渡渉する例。

また、ザックの底部が水に浸かるような水深では、ザックのウエストベルトを外し、ザックの浮力による体重の減少を抑制するとともに、転倒して流された時に、ザックの浮力により、姿勢が制御出来なくなるのを防止するため、背中からザックを外しやすいようにします。(ザックの浮力が事故原因のひとつになったと思われる溺死事故も発生しています。詳しくは「幌尻岳3名溺死~遭難事故を分析する」を読んでみて下さい)

このほか、対岸にロープを張る方法などもありますが、詳しくは「はじめての沢登り~渡渉の仕方とコツとは?」を読んでみて下さい。



まとめ

札内川では、本件事故のように登山中に急激に増水することもありますので、入山中の天気の変化については登山者それぞれが適切に判断し、下山を早めたり、停滞するなど臨機応変な対応が必要になると思います。

渡渉の可否は自分の目で最終確認して、渡渉を始めても危険を感じた時点で引き返す、渡渉ポイントを変える、断念して水が引けるまで待つなどの判断が大切です。


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