1May
令和5年(2023年)12月、新幹線車内で熊よけスプレーが誤射し、スプレーを持っていた登山者が過失傷害で書類送検されるという事件が発生しました。
今回は、この事故の検証と、熊よけスプレーの登山中以外の運搬方法や注意点などについて考察していきます。
熊よけスプレー新幹線内誤射事故の概要
男性(首都圏在住)は、仲間と登山のため愛知県を訪れ、帰宅のため、令和5年(2023年)12月2日夜、JR浜松駅から東京行きの東海道新幹線、ひかり518号に一人で乗車した。
午後7時15分ころ、男性が停車中の14号車において、リュックサックを荷棚に置く際、リュックサックの外側のサイドポケットに入れていた、熊よけスプレーの発射レバーに何らかの力が加わり、誤噴射、車内の非常ブザーと、駅の非常ブザーが押された。
付近にいた、乗客5名(全員女性)が目やのどに痛みを訴え、うち20代と30代の女性2名が病院に搬送されたが、いずれも軽傷であった。
静岡県警浜松中央署は、男性が熊よけスプレーの発射レバーを固定するための安全装置(安全クリップ)を正しく装着していなかった他、持ち運びの際に、スプレーを袋に入れて持ち運ぶ必要があったにもかかわらず、そのままの状態にしていたことなどから、1月11日、男性を過失傷害の疑いで静岡地検浜松支部に書類送検した。
男性は、後日不起訴処分となったが、処分の理由は明らかになっていない。
事故後、輸入代理店と販売店から注意喚起
熊よけスプレー「カウンターアソールト」を販売している(株)モチヅキのHPに、令和6年(2024年)2月5日付で「重要 カウンターアソールト熊撃退スプレーについて」という記事が掲載されました。
内容については、令和5年(2023年)12月に新幹線車内で熊よけスプレーの誤射事故が発生したことを受けて、カウンターアソールトの輸入代理店からスプレーの誤った使い方や輸送方法についての注意喚起があったというものです。
それによれば、安全クリップに関して、
・安全クリップを正しい向きに装着する。逆向きに装着した場合、発射レバーが押されてしまう。
また、スプレーの輸送方法について
・専用のホルスターに入れるか、またはビニールテープなどで安全クリップが外れないように固定する。
・ビニール袋に入れて密閉する。
・エアーキャップなどの緩衝材で包む。
など、適切な取り扱いについて確認を求める内容でした。
事故原因は?安全クリップが逆さま!?
報道によれば、事故原因は「安全クリップを正しく装着していなかった他、スプレーを袋に入れて持ち運ぶ必要があったにもかかわらず、そのままの状態にしていた」とされていますが、上記の注意喚起と合わせて読むと、誤射したスプレーは「カウンターアソールト」で、「逆向きに安全クリップを装着していた」及び「スプレーをビニール袋などに入れていなかった」などが原因なのではないかとの憶測もできます。
筆者は10年以上前からカウンターアソールトを使用していますが、特に安全クリップに関しては、逆向きに装着しないようにという説明を今までに目にしたことがありませんので、今回の事故を受けて、新たに加わった注意事項のひとつなのではないかと推測しました。
なお、誤射事故があった熊よけスプレーの銘柄について、(株)モチヅキや輸入代理店のアウトバック社のHP上ではコメントが見つかりませんでした。
事故現場の画像からわかる熊よけスプレーの状況と事故原因
上の画像は、登山者の男性が警察官から質問を受けていると思われる場面です。
画面右下では、男性の物と思われるデイパック型のザックの中身を警察官が検査しており、画面左の警察官の足元には、黒い板挟みの上に置かれた、熊よけスプレーと思われる赤い缶が写っています。
上の画像は拡大したものです。
現在、国内に流通している熊よけスプレーは数種類ありますが、赤い色の缶の物は「カウンターアソールト」しかありません。
カウンターアソールトには、「CA230」と、内容量が多い「CA290(ストロンガー)」の二種類があり、CA290は缶の外径がやや太く、CA230は細身ですが、上の画像のものは細身に見えますので「カウンターアソールトCA230」であると思われます。
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールトCA230 ホルスター付
アマゾン 熊撃退スプレー カウンターアソールト・ストロンガーCA290 ホルスター付
熊よけスプレーは、缶の上部が黒いプラスチック製の引き金部になっており、引き金部の頂部には発射レバーがあり、発射レバーには、白いプラスチック製の安全クリップが装着されています。
先ほどの、熊よけスプレーの拡大画像をよく見ているうちに、安全クリップの形状にやや違和感を感じ、もしかしたら安全クリップが逆向きに装着されている状況が写し出されているのではないかと思いました。
そこで、筆者が使用しているカウンターアソールト(CA290)を現場の画像とほぼ同じ向きに置き、安全クリップが正しく装着している状況と、逆向きに装着している状況を撮影して比較してみることにしました。(カウンターアソールトCA230とCA290は、缶の外径が違うだけで、その他のパーツは同じです。)
比較画像を見る限り、写真③の安全クリップの形と、写真②の安全クリップの形はよく似ており、安全クリップが正規の向きに装着されている写真①だけが他の画像と違うのがわかります。
写真①のように、安全クリップを正規の向きに装着した場合、安全クリップの前端は上向きにカールしており(安全クリップを外す際に指がかかりやすいようになっている)、このカールが特徴的な外観になりますが、写真②のように、逆向きに装着した場合、カールは見えず、かつ、やや上方に突き出たような外観になります。
画像を見る限りでは、現場画像の熊よけスプレーの安全クリップは、逆向きである可能性があります。
安全クリップが逆向きに装着されていたのが事実であれば、それが今回の事故の原因の一つになっていると思われます。
発射レバーと安全クリップの形状について~安全クリップは逆向きに装着できるのか?
上の画像は、カウンターアソールトの引き金部です。
発射レバーを下に押し下げるとスプレーが噴射されます。
上の画像は、発射レバーを後ろから見たところです。
発射レバーの下部は、指が1本入る程度の隙間があります。
上の画像は、安全クリップを発射レバーに沿えたところです。
安全クリップの上部は、クリップを外しやすいよう上向きにカールしており、下部は発射レバーの下部にぴったりとはまるよう、くさび型になっています。
上の画像は安全クリップを正しく装着したところです。
安全クリップ下部のくさびが、発射レバーの下部の隙間にぴったりとはまり、発射レバーは押し下げられなくなりました。
上の画像は、安全クリップを逆さまにして、発射レバーにはめようとしているところです。
安全クリップを上下逆にした状態でも、力を入れて押し込めば、上の画像のように、安全クリップをはめることができます。
しかし、この状態では、発射レバー下部の隙間は埋まらないので、安全クリップを装着した状態でも発射レバーを押し下げることが出来てしまいます。
発射レバーや安全クリップの構造を理解していなければ、安全クリップの向きを間違えてしまう可能性があると思いますが、安全クリップが逆さまだと、非常にはめづらく、正規の向きだと安全クリップはすんなりとはまります。
また、安全クリップの後ろ側には、「SLIDE OFF BEFORE USE」の刻印があり、この文字が正しい向きであれば安全クリップの向きも正しいということがわかります。
なお、安全クリップを逆向きにはめた場合、安全クリップにおかしな力がかかり、下の画像のように、安全クリップのカール部分に変形した跡が残ってしまいますので、逆向きに入るかどうかは試さない方が良いと思います。
過失傷害で送検。どこに過失があったのか?
今回の事故で注目されるのは、男性が過失傷害で送検されているという点です。
つまり、熊よけスプレーを車内で誤射した場合、犯罪になるということになりますので、今後、登山者は熊よけスプレーの取り扱いについて、より一層の安全管理が求められるということになると思います。
過失傷害とは、注意義務のある者が注意を怠った結果、人に傷害を負わせた場合に成立しますが、警察が過失の罪で検挙する場合、具体的にどのような過失があったのかを明らかにすることが重要とされています。
メディア各社の報道を見ると、
・安全クリップを正しく装着していなかった
・持ち運びの際に、スプレーを袋に入れて持ち運ぶ必要があったにもかかわらず、そのままの状態にしていた
旨の内容が共通しています。
これについては、警察や検察庁がプレス発表する際に、男性のどこに過失があったのかについて、過失の内容を盛り込んだものと思われ、上記の2点について警察が過失を認定したものと推測されます。
これらの過失の根拠について、恐らくは、カウンターアソールトの購入時に添付されている、アウトバック社(輸入代理店)のリーフレットに記載された注意書きが出所ではないかと推測しますが、この注意書きの中の「移動・運搬・保管について」の欄には、
「輸送・運搬の際には、セイフティクリップ(=安全クリップ、安全装置)が外れないようにする。専用のホルスターに入れるか、ビニールテープなどで固定する。そしてビニール袋に入れて密閉する。更にエアーキャップなどの緩衝材で包む。」
などが書かれており、報道されている過失の内容と概ね符合しているのがわかると思います。
即ち、熊よけスプレーを移動・運搬する場合、安全クリップを正しく装着し、誤射に備え、スプレーをビニール袋などに入れるなどの拡散防止をする必要があり、これらを怠って誤射した場合、罪に問われる可能性があるという点が、この事件の重要なポイントのひとつだと思います。
なお、男性は不起訴になっていますが、不起訴には、「起訴猶予」や「嫌疑なし」などの段階があり、例えば「起訴猶予」は容疑が明らかでも、罪が軽い、反省しているなどで検察が起訴しなかった場合で、「嫌疑なし」は容疑がなかった場合などに当たります。
今回の事件では、不起訴処分の内容は明らかにされていませんが、このように、不起訴は、容疑が明らかな場合と、そうではない場合があるという点を押さえておく必要があります。
そもそも輸入代理店では公共交通機関に持ち込まないとしている。
では、熊よけスプレーの安全クリップを正しく装着し、ビニールテープで固定してから、ビニール袋に入れ、エアキャップで巻けば、列車への持ち込みは問題なしという事になろうかと思われますが、カウンターアソールト本体に書かれている注意書きには「公共交通機関への持ち込みはご遠慮下さい。」と書かれております。(※熊よけスプレーの航空機への持ち込みについては一般的に不可とされています。)
これについては、「ご遠慮下さい」という言い回しからわかるとおり、持ち込み自体の規制とは関係なく「自粛して下さい」というニュアンスに感じられます。
JRへの持ち込みは?まずは、宅配、レンタル、自家用車での運搬を検討。
熊よけスプレーのJR車内への持ち込みについて、JRの規則では、熊よけスプレーについての言及はなく、危険物である高圧ガス(日常の用途に使用する小売店で通常購入可能な製品で2L以内のものは除外)の持ち込みを禁止しており、熊よけスプレーは、除外事由である、小売店で購入可能な2L以内の高圧ガスに該当すると思われますが、「日常の用途に使用する製品」とは考えにくいので、危険物と見なされる可能性があるのではないかと思います。
また、「臭気を発するもの、他のお客さまに危害を及ぼすおそれのあるもの」についても、JRでは持ち込みを禁止しており、熊よけスプレーが、これらに該当する可能性があるのではないかと思います。
いずれにしても、熊よけスプレーの持ち込みについて、はっきりと記載がない以上、JRの解釈によって持ち込みの可否が決定されることになると思います。
熊よけスプレーの列車への持ち込みについては、様々な考え方があると思われますが、まずは、目的地の宿などへ熊よけスプレーを宅配する、可能であれば目的地で熊よけスプレーをレンタルする、目的地まで自家用車で運搬する、などの方法を検討する方が疑義が生じず、かつ、安全確実な移動・運搬方法なのではないかと思います。
輸入販売店の推奨する運搬方法
前述のとおり、熊よけスプレーを移動・運搬する場合、
・安全クリップが外れないようにする。専用のホルスターに入れるか、ビニールテープなどで固定する。
・そして、ビニール袋に入れて密閉する。
・更にエアーキャップなどの緩衝材で包む。
などについて、輸入代理店のアウトバック社が推奨しています。
輸入代理店では、そもそも、熊よけスプレーの公共交通機関への持ち込みを可としていないので、これらの方法は、宅配などで発送する場合や、自家用車で運搬する場合などを想定しているのではないかと思われます。
以下は、輸入代理店が推奨する方法によって、熊よけスプレーを梱包した例です。
なお、専用ホルスターがない場合、ビニールテープなどで安全クリップを固定するとなっていますが、登山の時に、熊よけスプレーを携帯する場合、ホルスターがないと、熊よけスプレーを直ちに取り出せる位置に装着するのは難しく、適切に使用することが出来ませんので、ホルスターの使用は必須となります。(熊よけスプレーのホルスターについて詳しくは「熊よけスプレー~ホルダーと取付位置は?」を読んでみて下さい。)
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本場のアメリカではどのようにしているのか?熊よけスプレー運搬用コンテナとは?
アメリカは、熊よけスプレーの発祥国であり、また、熊による人身事故対策の研究が進んでいる国のひとつですが、カウンターアソールト社(米国)のHPを見ると、アウトバック社が推奨している移動・運搬方法(ビニール袋で密閉+緩衝材)や、公共交通機関への持ち込みについての記載はなく、熊よけスプレーの移動・運搬方法について以下のように説明しています。
・自家用車で運搬する場合は、熊よけスプレーをグローブボックスまたは指定された保管場所に安全に固定し、偶発的な噴射を防ぐためにスプレーの上に物を置いたりしない。
・極端な温度の車内に熊よけスプレーを長時間放置しない。
・運搬用コンテナ(Kozee-Tote)は、車両、ボート、非民間航空機で移動する際に、スプレーの偶発的な噴射を防ぐための優れたオプションです。
・民間航空機では、熊よけスプレーの機内持ち込みは許可されていない。
上記の例によると、自家用車で熊よけスプレーを運搬する場合、グローブボックスに入れるか、運搬用コンテナに入れる事を推奨しています。
運搬用コンテナ(Kozee-Tote)は、米国陸軍と森林局の要請を受けて、カウンターアソールト社が開発した、熊よけスプレー専用のコンテナで、カウンターアソールトCA230とCA290が入る設計になっています。
運搬用コンテナの内側には、吸収剤のスポンジが入っており、万一、コンテナの中でスプレーが噴射した場合でも、スプレーの成分が外に漏れないような設計になっています。
ビニール袋+緩衝材で誤射時の圧力にどこまで耐えられるのか?
輸入代理店が推奨する、移動・運搬方法は、「ビニール袋で密閉+緩衝材」となっていますが、スプレーが勢いよく噴射した場合、この方法で完全に中の成分を閉じ込められるのかどうかについては定かではありません。
そういう意味では、米国製の運搬用コンテナを使用するのが、より安全な方法なのではないかとも思われますが、運搬用コンテナは、アウトバック社などでしか取り扱いがなく、また、価格も5000円程度することから、日本ではまだ浸透していない状況です。
今後、熊よけスプレーの普及が進んでいけば、安全な運搬方法についての議論も進んでいくものと思います。
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